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kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

「総合的な学習の時間」特別授業への道1

近隣にある中等教育学校の1年生に向けた「総合的な学習の時間」でゲスト・ティーチャーをすることになった。
どうやらこの学校では、中学1年生は全員1年間をとおして「環境」をテーマにした「総合的な学習の時間」を行うそうで、毎回、違うゲスト・ティーチャーが来て話をするというオムニバス形式の授業を行うらしい。で、そのゲスト・ティーチャーの一人を仰せつかったというわけである。

「総合的な学習の時間」といえば、わたしの場合メインは「情報」(わたしの専門はメディア・リテラシー教育なので)、あとは「国際理解」くらいでもできるかな、とは思っていたけれど、まさか「環境」で依頼が来るとは思わなかった*1。だいたい、「環境」は、わたしより、わたしの恋人のほうがはるかに詳しいのであって、わたしなんぞ、高校レベルの「化学」「生物」すらきちんと理解していないのである。・・・っていうか、そういう話は同じく近隣にある国立環境研究所の職員の方にしてもらってくださいっ!・・・と、逃げたい気分になった。

が、話を聞いてみると、その「総合的な学習の時間」では、「環境」というテーマを三つのサブテーマ―「自然環境」・「社会環境」・「人的環境」―の三つにわけているということだった。わたしが思いこんでいたような、いわゆる環境問題のお話は「自然環境」のテーマで扱うだけで、福祉や政治・経済的なシステムのことについて学ぶ「社会環境」と、国際理解や多文化理解について扱う「人的環境」では、まったく異なるテーマで話ができる、ということだった。
「まあ、それなら」ということで丁重にお引き受けし、簡単に授業のアイディアを提示することになった。
とはいえ、考えてみると意外に大変である。確かに、わたしはずっと「文化」を研究テーマにしてきたはずなのだけど、中学生レベルで「文化」いうと、「日本文化=歌舞伎と茶道」とか、そういうイメージしかないであろうことは確実であって、そもそもその前提を問い直すところから始めなければならない。「文化とは、規範(norm)と価値の総体である」という定義はもとより、「文化とは生活様式の総体である」という一般的な辞書的定義すら、わかってもらえないことは必然である。だいたい、「サブカルチャー」の訳語が「下位文化」であると聞いて、ピンと来る人間は、はたしてどのくらいいるのだろう?

そんな困惑の中で、わたしが考え出したいくつかの授業アイディアの中、担当の先生に採用されたのは、「キャラクター」(「キャラ」)について授業する、というアイディアだった。
わたしがこのアイディアに注目した理由は二つだ。ひとつは、今年の3月に、「キャラ」を自覚させる授業について論文で書いたこと。もうひとつは、村上隆リトルボーイ:爆発する日本のサブカルチャーアート』の以下の記述が気になっていたからだ。

リトルボーイ―爆発する日本のサブカルチャー・アート

リトルボーイ―爆発する日本のサブカルチャー・アート

 日本の「キャラクター王国」の中心は、マンガ、アニメ、ゲームなどポップカルチャーやおたくカルチャーに起源するもの、また《ハローキティ》のように最初から商品化を意図したキャラクターなど商業鍵を持つものが大量に流通するが、ゆるキャラはこれらとは一線を画し、局地的なPR要素が強い。キャラクターの隆盛は、日本古来の電灯にのっとったものだと、みうらは言う。「こんな小さな島国に観測不可能な数のキャラクターたちがごちゃまんと生息しているのです。それはどんなものにも神が宿っているという思想だえり、古事記の時代から八百万の神をキャラ化してきた日本の伝統なのです」(『ゆるキャラ大図鑑』2004年刊)
 さて、この本では原爆投下後から現在まで日本に生まれた数々のキャラクターを考えてきた。核の恐怖を反映した異形のゴジラから、菩薩風のウルトラマン、自らの居場所を見失った碇シンジへとつながる系譜は、今現在はゆるキャラで打ち止めだ。可愛いキャラクターたちの生成の起源とその進化の最先端は、目的が希薄な地方自治体制作のゆるキャラとなるのだ。

まだ、きちんと構想はまとまってないけれど、こんなことを下敷きにした授業ができたらと思う。

*1:ご存じない方のために一応解説。現在、小学校・中学校では「総合的な学習の時間」が週2時間 (年間70時間)設けられている。この時間の目標も内容も、それぞれの学校が独自で決められることにはなっているのだが、学習指導要領でその学習内容の例示として「国際理解」「情報」「環境」「福祉・健康」という四つの領域をあげているため、多くの学校は、だいたい、この四つの領域のいずれか、あるいは複数を選択してカリキュラムを組むのである。