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Literacy, Culture and contemporary learning

公開講義「コモンズ・表現規制・ウィキリークス〜情報ガバナンスの未来像」レポート(前半)

1月26日に行われた、東京大学公開文化資源学研究専攻公開講義「コモンズ・表現規制・ウィキリークス 〜情報ガバナンスの未来像」に行ってきました。

イベントの趣旨とトピック

[日時]
2011年1月26日(水)18時〜20時30分(開場17:30)
[会場]
東京大学本郷キャンパス 情報学環・福武ホール 福武ラーニングシアター
[モデレータ]
福井健策(弁護士、日本大学藝術学部客員教授
[登壇者]
長尾真(国立国会図書館館長)
藤本由香里明治大学国際日本学部准教授)
金正勲(慶応大学大学院政策・メディア研究科准教授)
生貝直人(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、東京大学大学院学際情報学府博士課程)


このイベントの情報をいただいて、サイトを見てみたところ、今回とりあげるトピックとして次のものが挙げられていました。

(1)ファイル交換・AppStore問題・YouTubeなど作品の非正規流通
(2)アーカイブと権利情報データベースの夢
(3)クリエイティブ・コモンズその他のパブリックライセンス
(4)都条例問題の問いかけたもの
(5)Wikileaksなどの情報流出・告発サイト

これを見て、あまりにも様々なものが詰め込まれているようなので、「・・・ん?」と思ったのですが、行ってみてよかったです。
「開催趣旨」のところにも、少しそのことについては触れられているのですが、要するに、これら様々なトピックに共通して、「情報流通はどこまで自由であるべきで、誰がコントロールすべきなのか?」という普遍的な問いがあり、今回はあえて複数のトピックを横断して見、議論することでこの問題について考えてみたい、ということでした。

「情報流通をめぐるルールはどうあるべきか?」
「ルールメイキングはどうあるべきか?」

こう問いを投げかけられてみると、確かにバラバラに見えていた上記5つのトピックが同じ土壌のうえで議論できることがわかります。
わずか2時間30分という時間のなかで、そこまで普遍的なテーマに迫れるかどうかというのはなかなか厳しいところではありましたが、はじめからかなりディープに飛ばした議論が展開され、なかなか聞き応えがありました。

以下、シンポジウムのメモの引用です。


(1)作品の非正規流通問題

ファイル交換・AppStore海賊版Youtube

シンポジウムは終始、モデレーターである福井さんの質問に対して、登壇者が答える・・・という形式で進んでいきましたが、はじめのトピックに対する質問はこれ。

Qファイル交換、AppStore海賊版YouTubeなど「無許諾・非正規流通は作品がひろがるというメリットはあるとしても、収益が全くクリエイターなどに還元さえないなど問題だ」という指摘されます。
こうした指摘に賛成されますか?また、現状の改善策などあればお聞かせください。

ここでは問題のバックグラウンドを共有するための事例として、『One Piece』(マンガ版)がyoutubeにUPされている例が紹介されていました。

これに対して、登壇者が答えてきます。

(藤本)
・編集者という立場というよりもマンガ研究者という立場から、中国や米国でのスキャンレーションファンサブの問題について認識している。

スキャンレーション:マンガをスキャンしてその国の言葉をつけて流通させる。

ファンサブ:アニメに対してその国の言葉をつけて流通させる。

・日本においてはそのような行為が抑制されているという印象をもつ。

・日本のファンは「著作権の利益が作者に還元されない」ということに対して意識的。

・これに対して中国や米国では、このように考えられない。なぜなら米国の場合、利益は出版社に還元され、中国では国営だから。そのため、米国・中国ではファンサブなどが「権威に反抗している」という意味あいをもってしまう。

・また米国や中国では、国土が広すぎて、モノが現実的に流通しづらい、という問題があり、このようなコンテンツが流通してしまうという事実がある。

(生貝)
・「ルールメイキング」という立場から話をしてみたい。

・ルールについては、クリエイターばかりが意見を発する機会を与えられ、ユーザーが意見をいう機会がないという問題が指摘されてきた。

海賊版などの問題は、ルールメイキングのプロセスにユーザーの声がとりこまれてこなかったことの帰結であるといえるのではないか。

・ユーザーの声をまったくあずかり知らぬところで作られたルールに法律的な正当性があるのか?

(福井)
ステークホルダーの声をまったく反映していない法に正当性はない、ということか。悪法は法ではないというこですね。

海賊版は認められるのか?

(生貝)
海賊版は認められないと思う。
・ルールメイキングを正当なものにしていくことが、海賊版のような問題をなくす方策になる。

(福井)
・「ファイル交換によって、売り上げは落ちているわけではない」ということが指摘されることもある。これについてはどう思うか?

(長尾)
著作権が現実とかいりしているところに大きな問題がある。

著作権=許諾権という考え方は、現代にマッチしていない。

・許諾県から報酬請求権のほうに、著作権をかえることが必要なのではないか?

・「自由に使う場合にはお金を払う」ということにし、その金額を著作権者が自由に決めることにすればどうか。そのようにして市場経済の原理がはたらくようにすればよいのではないか。

・多くの場合は、お金を払うのが面倒くさいから払わないのである。簡単にお金を払えるしくみがあれば、法を犯してまで払わないという人は少ないのではないか。

・たとえば、コピーするときに法律違反でありつつコピーをしている人はいると思う。コピーするときに簡単に著作権料も支払えるようになれば、そのときに払う人は多くなる。

(福井)
・「やはり、著作権は現実とかいりしている。許諾権ではなく、報酬権化すればよいのではないか」という問題として理解した。

(金)
・この問題は定量的な分析でしかわからない。
・こういう不正な流通が、それぞれの産業にネガティブな効果を生んでいるのか、あるいはキャンペーン的な効果をもたらしてポジティブな影響をもたらしているのかは、定量的な分析でしかわからない。

・たとえば、インターネットが商業化されたときに、インターネットが規制されてしまったら、著作権者を潤すような現象はでてこなかった。そういう意味では、著作権者のひとたちは多少の忍耐が筆よだと思う。

ハーバード大学では、著作権は利用されることを前提としよう。事後的に著作権者に還元しようという考え方になっている。しかしそういう考え方がでてきてはいるが、実際にその成功事例が積み重ねられてきているわけではない。

電子図書館の事例などで成功事例を積み重ねていくこと、そしてそれによって議論していく風土をつくりあげていくことが大切。

・確信的な不正流通などによってあえて衝突を生み出す。・・・それによって議論する空気をつく出すという戦略もありえるのではないか。

(2)アーカイブと権利情報データベースの夢

近代デジタルライブラリー・ヨーロッパ電子図書館「Europeana」

このパートは以下の問いから始まりました。

Q「日本でのディジタル・アーカイブの担い手は、グーグルのような海外の民間業者ではなく、EU電子図書館のように域内の安定的な非営利セクターであるべきだ」という意見に同意されますか?
また法改正を含めて、アーカイブ促進のためにとるべき施策のアイディアがあればお聞かせください。

ここでは事例として、「近代デジタルライブラリー青空文庫」「NHKアーカイブズ、「日本脚本アーカイブズ構想
そして、
ヨーロッパ電子図書館「Europeana」
が取り上げられていました。

日本の事例が比較的単ジャンルのアーカイブであるのに対し、
「Europeana」はジャンル横断的な巨大電子図書館(上記リンク先参照)。
そのきっかけとなったのはジャン・ノエル ジャンヌネー『Googleとの戦い―文化の多様性を守るために―』
この本では、グーグルが1500万冊の書籍をデジタル化するという現象に対し、一企業による強力な検索エンジンによって、世界の言語や文化が一元化されてしまうという危機感を覚えた著者が、文化の多様性を守るためのひとつの提言として、「域内の安定的なセクターがアーカイブを担うべき」という主張を展開しています。

この問題に関しては、登壇者の中に長尾真さんがいらっしゃることもあり、いわゆる「長尾構想」との関係も気になるところです。

このパートではこのような主張―アーカイブは域内の安定的な公共セクターが担うべき―という主張をめぐって議論が展開されました。

登壇者の意見は下記のとおり、「公共的なセクターが担うべき」(長尾)というもの「どちらにも一局化させるべきではなく『競争』こそが大切である」(金)というもの、「民間が担うべき」(生貝)というものに完全にわかれ・・・アーカイブの問題の底深さを感じました。

(長尾)
近代デジタルライブラリーでは、著作権がきれたものはすべて見ることができる。明治大正から昭和にかけての本のデジタル化を行っている。

著作権法が改正され、国立国会図書館だけにできる権利として、「保存」の目的でデジタル化ができることになった。1960年までの書籍をすべてデジタル化している。

・ただし、それをネットに出すとなると著作権者に許可をとらなければならないため、現在、その手続きを進めている。しかし、著作権者に許可をとることに莫大な経費が必要となってしまう。

Googleがやっていることは、アメリカの著作権法の「フェア・ユース」というルールに従っているので、違法なことではない。

・ただし、一企業がやっていてよいのか?という問題について、個人的には「健全ではない」という意見をもっている。

・企業に対して不利な情報があった場合、それが掲載されないなどの問題があるのではないか、という疑問は拭えない。

・やはりビジネスでやっている限り、「透明性」が常に確保されるのか?という問題はのこる。

・米国の学術出版社の例:毎年少しずつ学術雑誌登録のための利用料をあげている。
→このような例もあるので、Googleがどうなるかはわからない。

・しっかりしたデータベースは全人類の共有財産であるから、公共的な機関が永続性をもってきちんとやることが大事。

著作権者を探すために莫大な経費がかかる:このような経費というのは、「無駄な経費」といえる。
著作権者でお金がほしいという人については、せめて、「著作権者データベース」に名前と住所を登録してほしい。そうすれば、簡単に著作権者をで探して許諾を得る交渉をすることができる。

→「著作権者データベース」を作成して、著作権料がほしい著作権者は登録をする、ということを実現していきたい。

(金)
・これは、民間にまかせるべきでも、公共にまかせるべきでもないと考える。

・唯一の施策は「競争」である。競争が必要。

国立国会図書館Googleに感謝すべきであると考える。Googleがない限り、Googleのようなことをほかのセクターはやってこなかった。

Googleという競争相手がでてきたことによって、相互に高めあうことができた。

非営利セクターがやっていることには信頼がおけるが、そこに全面的に依存することは考えられない。

・相互に刺激しあいながら公共のためのアーカイブをつくっていくことが必要。

著作権の機関は最初5年くらいでよいと思う。5年たったら自分できちんと行動をして登録しないと権利が消える。それによって消えた著作物はみんなが使えるという仕組みになってはどうか。
自動的に著作権者の生涯プラス50年、権利が持続されてしまうというのは、不利益のほうが多いのではないか。

著作権の交付期間は5年くらいにして、その後は登録をする仕組み。10年ごとに登録をする仕組みなどがよい。それが社会全体でみたときに、確実にプラスになる。著作権者の利益は阻害せずに、ユーザーの権利は拡大する。

(福井)
・民間にも公共にも依存せず、競争が重要であるということ。
・「オプト・アウト」=声をあげなければ勝手に使ってよいという発想。

(長尾)
・自分は電子図書館が必要だと長年思って活動してきたが、Googleに対する競争意識はなかった。

・巨大なデジタル事業は、競争的にやるといっても、ほかに手を挙げられるところはない。だぶったことをやる可能性もある。

・そのようなことを考えると、図書館資料のアーカイビングの問題は、国がリーダーシップをとってやっていくべきではないのか、と思う。

・競争原理は理想だが、対抗馬があらわれるかどうかは疑問。

(金)
・国内アーカイブのために126億円の予算をつけることができたと誇らしげにいう国会議員の姿。
→その姿をみたときに、彼らは「アーカイブの社会的必要性」のためにこの予算を策定したのか、あるいは、自分の政治家としての実績のためにこの予算が策定されたのかと疑問に思った。

・このような不純な動機にもとづいても、とにかく126円の予算がつけられた、ということについてGoogleの影響は大きかった、ということがいいたかった。

(藤本)
・編集者をやっていると、短編集などで著作権者がわからないことが多々ある。
・ある程度さがしてわからないときは、短編集の最後に「この著者をご存知のかたはご連絡ください」ということで、印税分をプールしている。

・金さんがいうような、「登録しないと認めないよ」というのはアメリカ的な著作権の考え方。
→著作物に対する尊敬・愛情が、文化の中で低いと思われる。

・日本では著作権に対する意識が低かったが、それが作者に対する愛にあがってきた、調整されてきたというのが重要なことではないかと思う。

著作権者に対しては「後からいいにくる人を認める」というのでよいのではないかと思う。

(生貝)

・自分はGoogleのような民間企業が担うべきだと考える。

・アメリカの論文の資料はほとんど全部ネットで手にはいる。このような「使いやすさ」を考えるとユーザーが手にいれられないですし、ひいては売りたい出版社の不利益にもつながる。

・公的な機関は、民間からもれてしまったものをフォローするサービスにすべきだと考える。

・そうすると、民間企業に対するルールづくりというのが問題となってくる。

・オプト・アウトについては俯瞰的な仕組みが必要。

・登録制については、JASRACのような民間企業にまかせるべき。民間にまかせないと、登録制も実効的なものにならない。

(Q)アーカイブのための価格設定:公的機関がやると多すぎたり少なすぎたりするのではないか?

(長尾)
適正性はどうか、という考えは人によって考え方が違う。たとえば科学技術政策については公的予算が投じられているがそれは「民間がやればよい」という話にはならない。学術的なものについては、科学技術と同じように国が責任をもってやっていくべきではないかと考える。

(Q)生貝さんが「アメリカでは論文が手に入りやすい」といっていたが、Ciniiと比較してどのような印象をもつのか?

(生貝)
・1点はデジタル化された論文数:Ciniiではそもそもデジタル化されている論文が圧倒的な少ない。
・もう1点:APIなど官民の協力体制を築くことによってもっと使いやすくなるのではないか。

(Q)藤本先生がおっしゃっているような方法は、著作権侵害にあたることはないのか?

(藤本)現実問題として、著作権侵害で訴えられたことがない。
おそらく、裁判になっても即著作権侵害になることはないのではないか。
権利意識が強い人がたまたま見つからないということはありえない。たいていは「もう1回読まれるようになってありがたい」という反応。

(金)藤本先生的には、裁定制度はいらない?

(藤本)YES。実際の運用例から考えても国立国会図書館のやりかたは丁寧だけどやりすぎ。
国にまかせるときのお金のもったいなさは、危険性を0にするための予算を徹底的にやりすぎることだと思う。