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kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

公開講義「コモンズ・表現規制・ウィキリークス〜情報ガバナンスの未来像」レポート(後半)

研究 ニュース

前の記事の続きです。
・・・ところで、シンポジウムでのメモのアップがなかなか出来ずにいたら、「さすがは情報ガバナンス系のシンポジウム!」というべきか、すでにtwilogで実況ツイートが見られるようでしたので、そちらもどうぞご覧ください。

特に、ウィキリークス関係は、わたしの知識が浅いため、メモに打ち込んだ用語等が間違っている危険性があります。(もし発見したら、コメント等でお教えいただけるとありがたいです。)

パブリック・ライセンス

クリエイティブ・コモンズなど

ここでの問いは以下のようなものでした。

Q作品の流通や情報発信を促進するうえで、権利者が自分で利用条件を示して作品を公開する「パブリック・ライセンス」の仕組みをどう評価するか。
現在の仕組みの限界と、さらなる活用方法について提案はあるか?

ここで事例として挙げられたのは、クリエイティブ・コモンズです。

クリエイティブ・コモンズとは、「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)を提供している国際的非営利組織とそのプロジェクトの総称」(クリエイティブ・コモンズ・ジャパンHPより)です。

「CCライセンス」とは、著作権者が自ら「この条件を守れば私の作品を自由に使って良いですよ」という意思表示をするためのツールで、著作権者は自分の作品をどのように流通・保護したいかを自ら決定し、下記のようないくつかの選択肢から選んで、意思表示を行うことができます。


クリエイティブ・コモンズ・ジャパン−「クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは」より

このような、パブリック・ライセンスの仕組みがどのように評価されるべきなのか、がこのセッションでのテーマとなりました。

(生貝)
・デジタルコンテンツの問題は、プロモーションとして価値がでる可能性があり、それがまったくわからないこと。

クリエイティブ・コモンズの発想は、著者自身がそれを判断する、ということ。

・アメリカの場合は、連邦政府著作権がもっていないのですべて公開されているが、イギリス・オーストラリアなどは、CCのパブリック・ライセンスを使って公開してくれている。

・ルール・メイキングの問題。

・CCのパブリック・ライセンスを使って著作権が侵害された、という報告があがっていない。
→ルールを国にまかせるのではなく、自分たち自身でルールを作っていく時代になってきている。

(福井)
・自分たちが作ったルールだから正当性があり、実際に守られているということ。
→ルールメイキングに正当性があれば、それは守られる。

・課金システムを検討する可能性はないのか?

(生貝)
JASRACのような、すでに課金システムをもっているところが、CCのパブリック・ライセンスをとりいれて、選んで使ってもらえるようにしてもらえるといいのではないか。
例)CD、DVDなどに、「非営利」などのマークをつけてユーザーに届ける、など。

(金)
・CCがうまくいっているのは商業的な利用がないから。商業的なコンテンツを利用するとうまくいかない。

・CCはPR的な価値がある。

・CCを使って、JASRACのようなところが持続的にお金がまわっていくというのは考えにくい。
だから、CCは今のままがよい。

・CCは100%正しいシステムではない。しかし8〜9割正しければいい。

・さきほどの自主的な裁定システムのように、自分たちで信じていることを仕組み化しているということでよいのではないか。

(長尾)
・「マーケット的な仕組みで著作物を流通させたらどうか」という議論をしている法律家がいる。

・CCには第賛成。学術的な資料についてはすべてそれでやっていくべきではないかと思っている。

学術資料については著作権は名誉権。名誉をたたえるというような意味で、CCなどをやっていくというのは学術の世界ではおおいにやっていくべき。


(藤本)
・CCはおおいに可能性がある
・最近、マンガ家の赤松健さんがはじめた「Jコミ」の活動*1は、スキャンベーションのような現象に対するひとつの回答になっているのではないか。
・マンガの中に広告をはさんでいく。それによってユーザーは無料でよむことができる。漫画家は利益を得ることができる。

(生貝)
・ビジネスモデルの多様化にともなって、CCをさまざまなかたちで利用してもらえる可能性があるのではないか。

・ビジネスモデルの発展が、CCと親和性があるのではないか、という視点でとらえてもらいたい。

(金)
・CCを使う人は、社会に対する貢献の精神でやっているのではないか。
「ゼロ円だったら得した気分になるにもかかわらず、そこにお金が介在した瞬間に、動物的な計算をしてしまう」ということがでてきてしまうのではないか。

(Q)官庁・省庁関係の資料を使おうとすると「著作権の侵害になる」というようなものがある。本来であれば、官庁・省庁関係の資料は自由に使えるべきでは?

(生貝)
文化庁「自由利用マーク」というのを用意している。
・しかし「自由利用マーク」というのは日本・文化庁の限定。そういう意味ではCCを併用してほしいと考える。

表現規制の問題:都条例問題の問いかけたもの

ここでの問いは下記のとおり。

Q 都青少年育成条例が、激しい批判もあるなか賛成多数で可決。条例の内容や決定プロセスで問題だと思う点はありますか。
青少年がアクセスできる情報には、一定の歯止め/ガイダンスが必要だと考えますか。必要であれば、どのようなアプローチが望ましいか。

この問いに対して藤本由香里さんが、まず、東京都の青少年育成条例が可決されたプロセスとそこでの問題点について解説します。

・「非実在青少年」ー『東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則』

(藤本)
・問題はありすぎるので長くなります(笑)

・これまでは市民の間から「こういう表現が問題じゃないか」などの具体的な意見があって、条例をつくるべきか否かという議論があった。

・今回はそういう市民からの意見→議論があったわけではなく、突然「条例つくります」となったことが問題。

・また、都からの説明が何度もあった。この都の説明は条文の内容と一致しないものであった。都の説明を鵜呑みにしたために条文の問題性が十分に伝わらなかった。

● 条例(内容)の問題点について

・「非実在青少年の肯定的な性描写」
→一番問題だったのは「7条」ではなく、「18条」がセットになっていたことである。

・18条の6の4 都民等の責務「児童ポルノをみだりに所持しない責務を有する」
→単純所持の禁止

・現在、児童ポルノ規制の議論のなかに「創作物」は入っていない=現実的な被害者がいないから。しかしそれを条例で規制してしまっている。

・これが7条とセットになるとどうなるか?
→「高校生がセックスしている」となると、それを書店から撤去する義務が生じてしまう。
→悪質な「悪書狩り」に対して都がお墨付きを与えてしまっている。

・以前にあった実例:
→『バガボンド』『ベルセルク』を一斉排除した書店
堺市図書館のBL一斉撤去問題
→これに対しては「対応する法律がない」ということでそれぞれ書棚に戻されたが、今回は対応する条例ができてしまったことになる。

・修正案として提出された条例:
→「非実在青少年」は名前はなくなったが、まるまる残ってしまっている。

・報道では、いまはじめて規制されたようにいわれているか、以前からかなり規制はあった。

・いまは「成人コミック」マークをつかって、自主規制・区分陳列をしている。

・コンビニなどでは、2カ所でテープ止めをしておいてある。

・「不健全図書指定」:審議会にかける必要があるので、ある程度の歯止めはかかる。

・ただし、「刑罰法規にふれる性行為」ということで、現代日本の法律にふれる刑罰にふれるものはすべて規制されてしまう。

・「犯罪を不当に賛美する」という文言
→『ルパン3世』『ONE PIECE』が規制されてしまう。

●条例成立過程の問題点について

・青少年育成協議会:メンバーがすべて規制に賛成の人。
規制に慎重であるべきという人が1人も入っていない。

・そんな会議でも「青少年の図書をめぐる状況は著しく改善されてきている」と認めている。しかし・・・「小学生がみるにはどうか」というかたちで議論がはじめられている。

・「青少年のモラルを低下させるものを防ぎたい」というのが今回の条例の趣旨。「刺激的な内容ものを防ぐ」というものではない。むしろ「刺激敵な内容のもの」についてはすでに規制されているという認識があるようで、「野放しになっている」というのは誤解である。

・2004年までは条例の管轄をしていたのは「東京都生活文化スポーツ局」だった。しかし、2005年以降警察局に管轄が移行された。健全育成(教育)から取り締まり(刑罰)へという流れが

・地方の都議会の条文は提出されればほぼだいたい通る。しかし、今回は世論が喚起され、通るはずのものが通らなかった。

・「このような本が『ドラエモン』の隣においてあるんです」「それなのに民主党のせいで通らなかった」と言って、81回にわたってPTAなどに説明にまわった。
民主党の議員が「エロ議員」と呼ばれるようになってしまった。
民主党に都から「どのような条文なら通してくれるんですか?」という相談があった。それによる修正を繰り返して、内覧をしてしまった。
→条文がでてきたときには「通します」ということがある程度決まっている状態だった。
→時間切れで逃げきる、という状態で通ってしまった。

●その他の問題点
・ケータイとネット規制の問題
→子供たちが投稿サイトから投稿ができない、という問題が生じてきている。


 ここで述べられているような、東京都の青少年育成条例の問題点については、まとめサイトなどもありますが、条例の内容についての問題については、こちら。経緯についての問題点はこちらがよくまとまっているかと思います。

また、下記の書籍では第1章でこれまでの経緯と内容の問題点が整理されています。

マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 (平凡社新書)

マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 (平凡社新書)

このような現状の説明を受け、議論が進みます。

(藤本)

・子どもの本が大人の本の隣にあるという状態はよくない。ゾーニング・ラベリングは必要。
→しかし、それ以上に、読んだからといって刑罰があるというのはよくない。

・また、社会的評論によって、規制をはかっていくことができる。

(生貝)
・自分の専門は、インターネット上の自主規制。

・今回のケースは「自主規制の失敗」。
→なかなか国際的にもめずらしいケース。

・自主規制のリスク
(1) リスクがつくれない。
(2) リスクつくったけど守られない。
(3) 自主規制のルールが機能していることが世の中に認知されなかった。

・自主規制は社会との関係のなかで機能するものである。
→社会に対してプロセスを透明にしておかないと、いつか失敗してしまう。

・教育的観点から「規制に反対」と言われなかったのはなぜか?
→国と業界の間に「自主規制」が存在していて、ユーザーである親や子どもがそこに関与するものと認識していなかった/認識されていなかったということが問題。

(金)
・自分からみると、今の日本の成人マンガの表現は行き過ぎのように見える。

・子供たちの人権・権利の点からみて、大人たちがだらしない。

・諸外国からみて、大人たちは子どもたちが有害な表現をみることに配慮がなさすぎる。

(長尾)
・「自分のうちなる声をきく」という立場から、自主規制はきちんとやっていくべきだという意見。

(Q)規制することによって、本当に、児童とかも含めてプラスの影響があるのか?
情報をふれないことによって損をしてしまうこともある。情報をシャットダウンしてしまうことによって、本当に人々にプラスになるのか?

(Q)今回の条例も自主規制+法規制という構造になっているが、以前と今回ではどう異なるのか?

(藤本)規制の範囲が拡大した。「モラル」を法規制でしばることができるかどうか、という問題。今回の場合は一応そこで止まれば、規制はきいてます。

(福井)今回の都条例はそのあたりがトリッキーで、「自主規制をせよ」という規制になっている。

(Q)都の条例は必要ではないと思っている。本当に18歳以下の子たちはコンビニのあのコーナーからは買わない。そういう子たちはインターネットから入手するがそいうところは規制しようがない。
全体的に考えて、東京都という場所に限られたことだったので、クリエイターはインターネットに活動の場所を移動させていくので、とにかく無駄だったなぁと思う。

ウィキリークスなどの情報流通・告発サイト

ここでは、「公益通報者保護制度」と「国家公務員法・各種業法・不正競争防止法など一定の守秘規制」という相対立する法的な制度があるという一般的な問題点と、具体例としてウィキリークス事件をめぐる経緯が説明されたあと、すぐにディスカッションへとうつりました。

(金)
ウィキリークスの是非を越えた議論をしなければならない。
ウィキリークスをつぶしても、ポスト・ウィキリークスがでてくるだけ。もうウィキリークスの前の世界には戻れない。
・政府はウィキリークスを前提として制度を作らなければならない。

・国家は機密情報をもつべきなのか。また個人が国家の機密情報を暴露する権利があるのかどうか?

・国家は国民に委託されているので、公益のために「これは秘密にしたほうがいい」ということがあるのであれば、それは守られるべき。

・個人が暴露した場合、これは有罪にすべき。

・個人がマスメディアに情報をリークして、マスメディアが暴露した場合、これもいろいろなケースがあるが、基本的には有罪であると考える。

・今回のウィキリークスの問題は、それぞれウィキリークスが大手のジャーナリズムとくんで情報をリークした。政府に対する「牽制」としてのウィキリークス

・「牽制」とは政府が民間にたいして行うもの。今回の場合は、パワフルな政治家が民間に圧力をかけてAmazonがサービスを止めた、ということ。その是非は問われるべき。

・それぞれインターネット企業にとって、ウィキリークスに対してどういう立場をとるか、というのは重要な問題。

(生貝)
・「自主規制」という観点でこの問題を、ルールメイキングとしてみるとおもしろい。

・インターネットにはそれをガバナンスする「points of control」がある。

・いろいろなpoints of controlがおこなった「自主規制」がどうだったのか、という問題。

・ここでポイントになるのは、世界的な問題に対して、企業がpoints of controlとして自主規制を行ったということ。
→インターネット上の発想や理解での動きが、国家や政府的なルールの上をもっていってしまうのではないか?

(藤本)
電子書籍などの時代になると、そのコントロールの主体がiPad やKindlなど、アメリカの企業になるという問題。アメリカ的な倫理感によって、それらがコントロールしてしまう。

(福井)ネットによる情報流出によってジャーナリズムは危機に貧しているのか?といえばそうではない。ジャーナリズムの変容が求められている。玉石混交の情報のなかで、価値ある情報を取得・発信していくことがジャーナリズムの役目。


(Q)イスラム世界などにおけるウィキリークス

(金)イスラム世界では、ウィキリークスが悪いやつの情報を暴露してもおどろかない。
ウィキリークスインパクトがないとやっていかない。アメリカは「世界の正義」といわれていた。そこでやるからこそアテンションが集まる。そういうところでしかウィキリークスは興味がない。
今回「ウィキリークス」がアメリカを攻撃した結果、アメリカ政府のインターネットに対する態度を微妙なものにした。

(生貝)
・「インターネット」から「インターネッツ」へ。
Googleが「中国版」を作ったような自主規制。そこに関わる人をわけるという規制・ルールづくりのありかた。

情報ガバナンスの未来像

最後に、登壇車によるしめくくりのコメントをもらうという趣旨で、下記のような問いがだされました。

Q問題の背後には「流通する情報の絶対量を増やすとによる安全保障・幸福の増大」と「情報をコントロールすることによる安全保障・幸福の増大」という発想の対立がある。ネットなどの情報流通に関するルールの未来像と、そうしたルールは誰が、どのように作るべきなのか。

この問いをうけた、各登壇者によるコメントは以下のとおり。

(長尾)
・表にでてきていない「目に見えない」データが膨大にある。

・表にでるべき情報をコントロールする/しないという議論にでるずっと以前のところで、膨大なデータ=目に見えない情報をもっているところがある。
自分はこれが国にとってもっとも重要な問題であるとかんがえる。

・ただ単にでてきた情報を分析するというのではなくて、その情報がなぜでてきているのか、ということも含めた分析を徹底的にやることが大切。

・「情報インフラ」=誰もが利用できる情報を分析することは大切だが、それに加えて、ネットなどにでてこない譲歩を集めている世界がある。そのようなでてこない情報に対して向き合うことが重要。

(金)

・透明性を高めることが社会にとっては重要。

・その透明性を高めるために大切なことが、「チェック」と「競争」。

・先日、ローレンスベイクが「著作権を変えようと思っても限界があることがわかった」と発言していた。なぜなら、政治家の30%〜70%の時間をファンドレイジングに使っていると言っていた。
→すべての問題を解決するためには、そういうシステムを変えなければならない。

ウィキリークスが世界を変えたのではなくて、ウィキリークスの活動の中で、調査・分析し、「国民にとってなにが重要なのか」を考え、アジェンダ・セッティングをしたということが重要な意味をもった。

(藤本)
Twitterというメディアを考えていた。Twitterは開かれているが、そのタイムラインは誰としても同一ではない。個人による選択が大きく働き、それによって情報の取得が制限・確保される時代になってきている。

Twitterのタイムラインに象徴されるような情報の編みとりかたというのが現代の個人と情報の関係を端的に示している。

・すぐれた情報に優先的にふれさせることと同時に悪いものにもふれさせることが大切。それによって自分のなかでの淘汰ができるようになってくる。

・よいものも悪いものも含めて表現が解放されていくにつれて犯罪率が下がってくるという現象
→「これが優れている」ということを優先的に推薦すると同時に、悪いものにもふれさせることが大切。

(生貝)
・企業・市民・国家が協同してルールを作るしかない。

・公共圏はルールメイキングにはむかない。だから国家がそれを代理してきた。が、ウィキリークスが明らかにしたのは国家によるルールメイキング機能不全。

・企業がルールメイキングをするべきだし、そうならざるを得ないのではないか。

質疑応答の時間もほとんどないにも関わらず、この時点でほぼ夜9時近くになっていました。

私自身、不勉強なところがとても多く、こうして自宅に帰ってから、インターネット上で情報をリサーチしながら、まとめることであらためて知識を確かなものにしている次第ですが、このような議論を受けて、「メディア・リテラシー」なるものをどう考えるべきなのか。
あらためて自分の今後のありかたを考えた3時間となりました。