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kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

「ビエンナーレさん」の憂鬱――中之条ビエンナーレと共生の諸問題

中之条ビエンナーレにいってまいりました。

中之条ビエンナーレは、群馬県吾妻郡中之条町で2007年より開催されているアートイベント。

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中之条ビエンナーレが、2007年に第1回を開催した際には、参加作家数が58人で来場者数はのべ48,000人。予算も中之条町からの補助金320万円で運営されていたそうです。が、2013年に開催された第4回では参加作家数113組で来場者数がのべ338,000人(!)。予算も町からの補助金640万円を含めて約3,300万円(!)とその規模をかなり拡大させています。(ソースはこちら

今回は、さらにメディアへの露出が増えていることもあり、参加者数がさらに多くなることが見込まれ、中之条ビエンナーレのtogetterまとめでも、フジテレビ系列『めざましテレビ』で放送されたことによる混雑の懸念が表明されていたりします。

 

Home's Press編集部による「“地方創世元年”に知っておきたい「中之条ビエンナーレ」の話①」および「“地方創世元年”に知っておきたい「中之条ビエンナーレ」の話②」は、そんな状況にある中之条ビエンナーレと地域住民との関係を心配していたわたしにとって、とても興味深い記事でした。

 

今年の中之条ビエンナーレのテーマは、「地域とアート〈共存するということ〉」

実をいうと、中之条ビエンナーレは、2007年の開催時から、地域との関わりという意味では良い評価しか聞かない、希有なアートイベントでした。

 

今回訪れることのできたいくつかの会場でも、会場提供している民宿の方が展示作品について説明してくれた後「こちらが作品を作られたセンセイ!」とアーティストを紹介してくださったり、地域の町内会や婦人会の方が案内をしてくださっているのかな?と思える会場があったり、丸伊製材では(おそらく)製材会社におつとめの「オッチャンたち」の手づくり看板があったり、地域とアートとの関係に悩み疲弊してきた私にとっては、心から癒されるような情景をたくさん目にすることができました。

 

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一方、急速に拡大するアートイベントの規模が、地域に大きな負担感をもたらすことを、(運営側の経験として)知っているところもあり・・・実際にシルバーウィークであったためか混雑している会場もあったので、そのことが終始気がかりでした。

 

地域の人たちが抱えている、そんな負担感に「あっ!やっぱり」と気づかされたのが、帰路につく前にと立ち寄った共同浴場での出来事。

中之条ビエンナーレは毎日17:00に終わることになっているので、17:30あたりから、私のような「ヨソモノ」が、ふだんは地域の人たちしか使わない共同浴場にたくさん現れることになります。

私は「ヨソモノ」のひとりとして、共同浴場に入っていったわけですが、共同浴場に入るなり、すでに入浴されていた地域の方(と思われる方)が

「ほら。そろそろビエンナーレさん』がきたんじゃない?」

・・・とおっしゃったのです。

 

わたしは、マニアックな(?)観光地を訪れて、謎の「観光客」として、地域の人しかいかないような銭湯や共同浴場に現れることが好きなので、そういう事態に遭遇することもはじめてではなく、「やっぱり、そういうものだよね」くらいに思っていたのですが、私と同じようにその場にいたビエンナーレの来場者(と思われる方)が、とても気まずそうになさっていたのを見て、いたたまれない気持ちになりました。

その方が続けて、同行の方とお話になっていたのをうかがう限り、「中之条ビエンナーレ」についてはわからない、理解できないと思われていて、娘さんから「一緒にまわらないか」と声をかけられたこともあったのだけど断ってしまった・・・ということでした。

同行されていた方も、一度、中之条駅の商店街に展示されている酒蔵の展示を見たことはあるけれど、自分にはよくわからなかった、とお話になっていました。「私らには芸術、アートはわからんものね」とおっしゃっていたのが印象的でした。

 

もちろん、ほかの地域と同様、この地域にもさまざまな方がいて、早くに脱衣場にあがられていたその地域の方は、「どこからきたの?」「わざわざ、東京から大変だねぇ!」などと、ビエンナーレの観光にこられた(と見られる方)と気軽にお話なさっているようでした。自分には、アート作品はよくわからないけれど、それでこの町に若い人たちがきてくれるのならそれがうれしい、という感じなのかもしれません。

 

いずれにせよ、地域の方々のなかに、大きな温度差があるのではないか・・・ということを感じた出来事でありました。

帰宅して調べてみると、やはりわたしが感じた温度差は存在していたようで、次のように書かれた記事をみかけました。

 

ただ、ボランティアに参加する住人としない住人では、中之条ビエンナーレの開催について温度差があるという。
「普段は昼間でも歩いている人が少ない静かな町なので、期間中に多くの方が来場されると、渋滞や騒音、ゴミ問題などで住人の方から指摘を受けます。ボランティアの内容も、説明不足だとお叱りを受けることもあります」
人口18,000人弱の町に1ヶ月でのべ30万人以上と、町民の約17倍の人数が訪れる会期中は、ボランティアの参加・不参加に関わらず町民に大きな負荷がかかるのは間違いない。(“地方創生元年”に知っておきたい「中之条ビエンナーレ」のはなし① | 住まいの「本当」と「今」を伝える情報サイト【HOME'S PRESS】)

 

2010年に中之条町で実施された「町民満足度、重要度調査結果」を見てみると、「自由意見」(PDF)のなかに、中之条ビエンナーレに対して賛成する意見と、反対する意見の双方が共存しており、中之条町にとって非常にアンビバレントな存在であることもわかります。

 

「町民満足度、重要度調査結果」では、性別、年代、居住地域ごとに満足度の分析がなされています。さらに「満足度」「重要度」をクロス表に落とし込むことで、地域住民にとって優先度の高い課題への見定めが行われています(「ダイジェスト版」(PDF), p.8)

それによると、中之条町ではすべての年代をとおして、「芸術・文化活動」や「住民参加のまちづくり」が重視されていない(=「重要度」が低い)ことがわかります(同上, p.7)。それよりも、医療や学校などの整備が求められている。

「芸術なんかに税金を使う前にやることがあるだろう!」という声が聞こえてくるようなアンケート結果です。

 

「ヨソモノ」との共生の問題が、このような文脈のなかで発生していることがわかります。

 

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一方、「満足度」のほうに目を転じてみると、30~50代にとってはそれほど気にならない(?)「観光への取り組み」についても、20代の若者たちが不満感を持っていることがわかります。20代には及ばずとも、60代から70代も「観光への取り組み」にはあまり満足していないことがわかります。

おそらくこれらの人たちは、「ヨソモノ」が町に来ることの意義をそれなりに感じ、観光にあまり注力していないことへの不満を持っているのでしょう。30~50代の人たちは生きて、子育てをすることに注力せざるを得ないけれど、20代の若者たち、60代以上の世代の人たちは、外から人に来てもらうことも大切だと思っている可能性があります。

 

中之条ビエンナーレに対する評価も、おそらく、このような価値付けのありかたとは無関係でないように思います。

そのような意味で、中之条ビエンナーレを開催する地域の問題は、世代間の共生の問題をもはらむものなのかもしれません。