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kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

あなたがペニスをナイフにするのなら・・・――近藤史絵『あなに贈る×(キス)』

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児童文学におけるセクシュアル・マイノリティを探るプロジェクト第5弾として、近藤史絵さんの『あなたに贈るキス (ミステリーYA!) 』を読みました。この作品は現在、新装版も発行されていて、そちらでは本作品の主人公のその後についての短編も読めるらしいので、今度はそちらも読んでみたいと思っています。

 

 

 

感染から数週間で確実に死に至る、その驚異的なウイルスの感染ルートはただひとつ、唇を合わせること。昔は愛情を示すとされたその行為は禁じられ、封印さ れたはずだった。外界から隔絶され、純潔を尊ぶ全寮制の学園、リセ・アルピュス。一人の女生徒の死をきっかけに、不穏な噂がささやかれはじめる。彼女の死 は、あの病によるものらしい、と。学園は静かな衝撃に包まれた。不安と疑いが増殖する中、風変わりな犯人探しが始まった…。(あらすじ―「BOOK」データベースより)

 

読者コメントを読むと、「感染から数週間で確実に死に至る、その驚異的なウイルスの感染ルートはただひとつ、唇を合わせること」という設定が受け入れがたく、読み進めるのに困難を感じる方がいらっしゃるようです。が、わたしにはなぜか、その設定がすんなり受け入れられてしまって、その設定から派生されるように生じるそのほかの近未来SF的な設定――セックスよりもキスのほうが淫らな行為であるとされていることとか、同性愛は自然な愛の結果としてありえるけれどキスはありえないと主人公が感じることとかー―も、すべて、「キスが感染ルートとして特定されたあとの世界なのだから、そうなるよね」と、これまたすんなり受け入れられてしまいました。

 

HIVの感染ルートとして同性による性行為がターゲットとされたあとに生じた、同性愛者への偏見・差別などを考えれば、それほど飛躍した想像ではないと思うのですが、そもそもの前提が受け入れられないと、やはりここにもハードルを感じてしまうのでしょうか。

 

本作品は、近未来SF的な世界を舞台にしたミステリー小説です。

あなたに贈る×(キス) (PHP文芸文庫)』の帯に、「真相に辿りついた時、それまでの景色が反転する。」とありますが、まさにそのとおりなので、ネタバレになるような発言は自戒したいと思います。

が、それでも避けられないところはあると思うので、以下は、本書をお読みになってから読み進めることをおすすめします。

 

本書はまさに、「少女だけの秘密の空間」野背快感に有するとともに、その世界を読者である少女たちとともに共有する「少女小説」であり、その儚さと美しさに魅力を感じずにいられません。

そしてこの作品を「少女小説」として捉えた場合、「少女だけの秘密の空間」の内側に、男性同性者たちの親密な関係性が入り込み、重要な役割を果たしているということが面白い、と思いました。

さらにいえば、男性同性愛者たちがつくる親密な愛の関係と対照されるように、ヘテロセクシュアルは、非常に差別的で残酷な世界の象徴として描き出されているようです。

 

全寮制の学校での生活を終えれば、政略的に決められた許嫁と結婚することがあらかじめ決められてしまっている・・・という少女たちの設定やはその最たるものですが、同じ全寮制のなかで生活するヘテロセクシャルの男性にもそのことは見てとれます。さわやかな笑顔を見せる、優しい陸上部の部長は、記述されるイメージの良さに反して、主人公からは常に、ネガティブなまなざしを向けられ続けています。

あたかも、主人公の少女に対して好意を抱くことそのものが、災厄の原因であるかのように、ヘテロセクシャルそのものが忌避されている。そんな印象を抱きます。

 

そして、ホモ・フォビアならぬ、ヘテロ・フォビアとも言えそうな、それらの記述は、暴力的で残酷なラスト・シーンの記述によって、より鮮烈なものとして残されます。

 

主人公を夫婦の寝室に連れ込み、その動きを奪いながら主人公に性的な関係を迫る、義理の父親は、「ナイフ」としてのペニスの存在を象徴するかのようです。強姦事件などの報道を目にするために想起させられる、「ナイフ」(=人を傷つけ殺す道具)としてのペニス。

本書ではこのシーン以外に、性交を想起させるようなシーンは登場しません。男女による性交は、(キスより淫らでないと考えられているという設定にも関わらず!)残酷な世界の象徴、純粋な愛情が存在しえないことの象徴でしかない。

ヘテロ・フォビアは本作品のなかで解決されることはまったくなく、最後まで、純粋な愛情関係は、女性同士・男性同士のホモセクシュアルな関係性のなかでこそ生じうるというメッセージが残されます。

 

・・・一方、主人公は、「ナイフ」としてのペニスに対抗するための武器を持ちます。

 

あなたがペニスをナイフにするのなら、わたしはキスで、あなたを殺す。

 

このメッセージ。この関係性こそが、この作品におけるヘテロ・セクシュアルの位置づけをすべて表しているように思います。

しかし、現実的を見渡してみれば、少女たちは、「ナイフ」としてのペニスを持たないわけです。ナイフに対抗しうる武器を持てない現実世界の少女たちは、きっと、このキスに「自由」を見るのでしょう。

そして、その「自由」の可能性をみるだけで、少なくとも、それを胸にして明日からも生きていくことはできます。

――いくら本当の現実が、残酷で非情なものであっても。