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kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

襲いかかる記憶――「クリテリオム92 土屋紳一」作品制作

今年の2月20日から水戸芸術館にて開催される「クリテリオム92 土屋紳一」展の作品制作に協力するため、水戸芸術館まで行ってきました。

 

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フィルム写真全盛期よりデジタル技術を用いた写真作品の制作に取り組んできた土屋紳一。本展では、カセットテープレコーダーを題材に、個々人の記憶を歴史へと接続する作品を紹介します。(水戸芸術館|美術|土屋紳一)

 

わたしにとって、“カセットテープ”というメディアは、常にわたしの半生とともにあったといっても過言ではありません。

高校時代に、演劇部で作品づくりをする際には欠かせない存在でしたし、高校を卒業してからも、その後3年くらいOB劇団をつくって公演を行ったり、高校演劇のお手伝いのようなこともしておりました。当時使っていた、10分サイズのカセットテープは、いまだに残っています。

大学院に入ってからは、インタビューによるライフストーリー調査によって、さまざまな人たちの語りを集め、耳を傾けてるメディアとして、カセットテープを選んできました。当時はまだICレコーダーが高価であったこともありますが、カセットテープレコーダーの気軽さが、なによりも大きな魅力でした。

 

カセットテープとともに、自分の生き方を暗中模索しつづけた時代があまりにも長かったため、調査で使用する機材を、カセットテープレコーダーからICレコーダーへと変えたときには、感慨深いものがありました。

時はながれ、今や、ICレコーダーすら持ち歩かなくても、だれもが気軽に、スマートフォンで、その場で起きている出来事を、録音することができます。

 

そのような中で、「カセットテープレコーダーを題材に、個々人の記憶を歴史へと接続する作品」を製作されるというお話を聞き、「これはぜひ何か協力したい!」と思い、今回の作品製作に協力させていただくことになりました。

 

 

もともと、持っていこうと考えていたのは、インタビュー調査でもなんでもない時に、なんとなく、「今、ここでされている話は、残しておく必要があるのではないか」という切羽詰まった思いにかられて、録音したテープ群でした。

調査データとするわけでもなく、わたし自身が自分自身で何かを考えるための「種」となり「栄養」となってきたこれらのテープ群は、いま、振り返ってみても、不思議な存在です。

まずはその中からいくつかを持っていくことにしました。

 

また、年末年始に実家に帰省したときに、演劇部やOB劇団に所属していたときに使っていた、音響テープが大量に発掘されたので、その中から いくつかを持参することにしました。

 

当日、アーティストの土屋さんから、カセットテープを、好きな順番で、好きなように聞いてください、と指示を受け、なんとなく、「時間的に前に録音されたと思われるもの(古いもの)から順番に聞いていけば良いかな」と思い(いまさらながら、研究者っぽい発想だな、と思います)、まずは、「叫び 」とラベル付けされたカセットテープから聞いてみることにしました。

 

わたしと同世代の皆さん、「叫び」と聞いて、もしやと思われているかもしれませんが、「叫び」ってあの(!)「叫び」野猿)ですからね。

 

こんな失笑しかできないようなカセットテープだったはずなんです。

実際、作品制作に入る前の打ち合わせの段階では、「『叫び』とか、なつかしー(笑)」って笑ってた気がします。

 

でも、カセットテープレコーダーにカセットを入れて聴いた「叫び」は、わたしにとってまったく異なるものでした。

 

もはや「暴力的」という言葉が適切だと思えるほどに、耳から入ってきた「何か」がわたしの身体のなかを奔流して、身体そのものをのっとり、わずかな思考すら不可能になるほどの出来事をもたらしているような・・・そんな経験でした。

正直に言うと、その時まで、この曲を、OB劇団で公演した作品のエンディングで使っていたことなんて、すっかり忘れていました。(もし、わたしがこの事実を覚えていたとしたら、このカセットテープは2番目に聞くべきと判断したと思います。)

しかし、カセットテープレコーダーの「再生」ボタンを押おし、この曲のイントロ部分が流れてきた途端、ほんの数秒もしないうちに、わたしはこの曲にまつわるすべてを思い出したのです。

 

・・・いや、「思い出した」というのは正確ではないですね。

突然、わたしはその場から消えてしまって、当時のその公演が行われたその場所に立って、自分の公演を見ていました。

だからそのときのわたしであれば、曲の進行にあわせて、この時、誰がどのようなセリフを言い、どう動いたか、まで正確に「実況」できたと思います。

一方、そんな状況にありながらも、「『バック・トゥー・ザ・フューチャー』をはじめとした、タイムスリップものにおける表象は、このような経験から導きだされていたのか!」・・・と妙に納得している自分もいました。


しばらくそんな状況が続いていたのですが、何度目かの石橋貴明パートがはじまり、「あー、やっぱり、タカアキは歌が下手だなー」と思った瞬間に、ふと我にかえりました。

もしかしたら、その感覚は、当時の自分といまの自分をつなぐ、唯一のものだったのかもしれません。

 

我にかえってみると、そこには、「高校生ウィーク」のときにいつも見ていた、大きな本棚とカーテンから差し込む窓の光がありました。*1

 

その時、わたしは、岡真理『記憶/物語 (思考のフロンティア) 』(岩波書店)の中に記されていた、次の言葉を思い出さずにいられませんでした。

 

 それは,人がなにごとかを「思い出す」と言うとき,「人が」思い出すのではない,記憶の方が人に到来するのだ,ということである。
 わたしがなにごとかを思い出すとき,叙述の上ではたしかに「私が」思い出すのであり, 私が主体として思い出されるべきことがらに対して「思い出す」という能動的作用を及ぼしているように表現される.過去の出来事がどこかに記録されて保管されており,私たちは必要に応じて適宜,それらを取り出してきたは,録画されたヴィデオテープを再生するように,参照するというイメージに近い.

 しかし,この「マドレーヌ体験」が示唆しているのは「記憶」というものの別ようのあり方である.記憶が――あるいは記憶に媒介された出来事が――「私」の意思とは無関係に,わたしにやってくる.ここでは,「記憶」こそが主体である.そして,「記憶」のこの突然の到来に対して,「私」は徹底的に無力であり,受動的である。言いかえれば,「記憶」とは時に,わたしには制御不能な,わたしの意思とは無関係に,わたしの身に襲いかかってくるものでもあるということだ.(岡真理『記憶/物語』岩波書店, pp.4-5)

 

わたしが経験したその時の出来事は、まさに「マドレーヌ体験」*2と呼べるのかもしれません。

水戸芸術館「高校生ウィーク」の記録を、さまざまな人々の手によって、ともにつくりあげていくことを目指したプロジェクト「高校生ウィーク アーカイ部」を中心に、アートプロジェクトや教育・学習にかかわるプロジェクトと記録・記憶のありかたについて考えつづけてきたこともあり、今回の経験は、わたし自身の記録・記憶との向き合いかたを、あらためて考えさせられるものでした。

水戸芸術館 高校生ウィーク

 

わたし自身が、記憶に襲いかかられる経験をしたこの場所から、どのような作品ができるのかが、今から楽しみです。

*1:わたしの場合、作品制作協力のための会場は、水戸芸術館現代美術ギャラリー内のワークショップ室でした。2005年から「高校生ウィーク」に関わってきたわたしにとっては、現在の記憶を構成するかけがえのない場所です。

*2:マルセル・プルースト失われた時を求めて』より。『失われた時を求めて』は、語り手が口にしたマドレーヌの味をきっかけに、幼少期に家族そろって夏を過ごしたコンブレーの町全体の記憶が鮮やかに蘇ってくるという出来事から物語が展開していきます。