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Literacy, Culture and contemporary learning

切符をなくした子供たちは都市ネットワークの夢を見るか?―北川貴好「地上階には、つながらない邸宅」

2/25(火)から3/1(火)まで東京・池袋エリアで開催されている回遊型の展覧会、北川貴好「地上階には、つながらない邸宅」に参加してきました。

 

池袋駅からスタートするこの展覧会。
参加者は、SNSのメッセージのようなかたちでスマートフォン上に表示されるいくつかの指示や説明に従いながら、池袋エリアの地上下にめぐらされた地下都市空間を巡っていきます。

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地下鉄、線路、エスカレーター、駅構内にあるショッピングモール、そして、タワービル。
地上からは見えない地下都市ネットワークは、いくつかの「駅」を中継ポイントとしながら、すべてがつながりあっているようです。

本展の作家である北川貴好さんは、タワービルをリサーチする中で、本展の企画をつくりあげていったそうなのですが、個人的には、本展においてもいくつかのエリアの中継ポイントとして機能している「駅」がわたしには印象的でした。


本展のなかで、「駅」を中継ポイントとしながらいくつかのエリアを巡っているなかで、その昔、中学校時代に学習した黒井千次さんの小説『子供のいる駅』*1』所収 ))を思い出しました。

 

阿刀田高編『日本幻想小説傑作集 (1) (白水Uブックス (75))』所収のこの小説は、主人公のテルが初めてひとりで駅から電車にのり、別の街にいこうとするところから物語がスタートします。母親に「切符をなくしたら、もう駅から出られなくなる」と言われていたテルは、母親からの忠告にも関わらず、切符をなくしてしまいます。

途方にくれるテル。そこにうしろから少年が「切符、なくしたんだろ?」と声をかけてきます。

テルはどうしようなく、彼の後についていき、駅の階段の下にある小さな部屋に引き入れられます。そこには、テルのように切符をなくし、駅から出られなくなった子供達がいたのです…という、そんなストーリー。

 

ストーリー自体が、とても後味が悪いうえに、当時数えるほどしか、ひとりで電車に乗ったことのなかった中学生にとっては、切符をなくすことの恐怖はとても大きく、この話がとても印象に残った記憶があります。

 

その話を、今回の展覧会で思いだし、切符をなくした子供たちのその後のことを考えました。

切符をなくし、駅から出られなくなってしまった子供たち。

でも、それから何年も時が経ち、いまや、駅そのものが拡張し、都市空間のほとんどの場所と駅とがつながりあってしまったようです。

そうであるとすれば、駅のすみっこに隠された秘密の小さな部屋に住んでいた子どもたち(おそらく、もう大人になっているでしょう)は、駅を中継ポイントとして張り巡らされた地下都市空間のネットワークを、縦横無尽にかけまわっているに違いない、と思いました。

そして、中継ポイントとしての駅を住処にしながら、地下都市ネットワークを縦横無尽にかけめぐる彼らと、タワービルを住処にしながら地下都市ネットワークのなかで、買い物をし、仕事をし、スイミングに通い、余暇を過ごすタワービルの住人たちとの間には、なにか、違いがあるのでしょうか?

 

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この回遊型の展覧会を巡りながら、わたしたちが生きているのは、切符をなくし駅から出られなくなった子どもたちの夢の世界なのではないか、とすら思えました。

 

駅を住処とする子どもたちの夢の世界には、出口がありません。

やはりそこにあるのは、どこまでも住処としての駅を拡張し、ネットワーク化した地下都市空間だけなのです。地上階には、永遠につながらない。

現在の都市空間は、おそらく、そういう夢の世界を実現しているに違いないのです。

 

折しも1ヶ月前に、「同じ駅名でも遠い!乗り換えが大変な駅10選 | 独断で選ぶ鉄道ベスト10 | 」という記事が、東洋経済オンラインに掲載されていました。

toyokeizai.net

「乗り換えが大変な駅10選」のうち「地図なしでは乗り換えられない!」と紹介されているのは、「浅草駅」「早稲田駅」「両国駅」「蔵前駅」

・・・「早稲田駅」以外は、みごとに、イースト・トーキョーです(笑)

 

「地図なしでは乗り換えられない」これらの駅は、「できるだけ短く」「できるだけ早く」「できるだけ便利に」という合言葉のもと、駅とつなぎあわされた地下都市ネットワークの夢の世界とは、対極にあると言えるかもしれません。

でも、「地図なしでは乗り換えられない」駅は、混沌とした地上の世界とおなじ地平を共有しています。現実の世界はいろいろなものが混じり合い、混沌としているからこそ、地図がなくては移動できないのです。

そんな、「地図なしでは乗り換えられない」イースト・トーキョーエリアにお住まいの北川さんが、今回の展覧会をつくられたことも、とても面白いと思いました。


「建築」という視点で都市空間を批評的に見ることの可能性を垣間た見たような気がします。