kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

饒舌の島で、「語りえぬもの」を蘇らせる~「Sense Island -感覚の島-暗闇の美術島 2021」

2022年1月22日(土)~3月6日(日)まで、猿島横須賀市)で開催されている、「Sense Island -感覚の島-暗闇の美術島 2021」に行ってきた。www.facebook.com

このイベントについては、すでにアート関係のメディアでレビューもいくつか出ていますので、本イベント全体のことが知りたいかたは、そちらを見てほしい。

casabrutus.com

news.yahoo.co.jp

 

「夜の猿島」、この特別なる存在

わたしは、すでに、猿島には以前訪れた経験があり、「東京湾無人島」というだけではそれほど響かない。しかし今回「これは行かざるを得ない」と思った直接的なきっかけは、「夜の猿島に入れる!」ということだ。「夜の猿島(!)」につい胸がアツくなってしまったのだ*1

おそらく、一度猿島を訪れたことがある方なら、きっとこのアツい思いを共有してくれるだろう。猿島は、そのくらい昼間に行くだけでも「ヤバい」感じのある孤島なのだ。

なにが「ヤバい」かというと、東京湾に浮かぶ孤島で、水道も電気*2もない。島内に1か所だけある手洗い所も「エコトイレ」になっていて、尿を浄化して再利用する仕組み。
飲める水は、島内に設置された自動販売機で購入するか、持ち込むしかない。

まさに、正真正銘の無人島!

そのため、以前猿島を訪れたときも「このまま天候が荒れたりして、復路の船に乗れなかったらどうしよう」「最終便に乗れなかったらどうなるんだろう」ということばかりが頭をよぎり、常に、緊迫感と恐怖感があった思い出がある。

そんな夜の猿島に入れるなんて、こんなにホラー&サスペンス溢れる体験はない!そう思ったのである*3

 

いつもだったら最終便の就航も終わった時間なのに、三笠ターミナルから船に乗り、猿島に向かうだけで、すでに怖い。

「空の色もなんだか、これから始まる悪夢を予感しているかのようです。」…と、脱出ゲームか、ホラー映画か、はたまたクトゥルフTRPGか。どこかで聞いたナレーションが聞こえてくるような感じがする。

 

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船から三笠ターミナル方面を見る

饒舌の島・猿島

そこでアートは何ができるのか。

島に到着すると、「多目的ホール」で、検温をしたり、携帯やスマホを紙袋に入れて封をしたりといった手続きが求められ、いよいよ、それらの機器を手放し、「感覚」だけで島内を散策し、アート作品を鑑賞するツアーへと導かれる。

その鑑賞ツアーの冒頭に、スタッフの方から、この猿島についての説明が行われるのでだが、これから鑑賞に向かおうとする私にとっては、「過剰」とも思える説明だった。そしてこの「過剰」だという感覚を、以前も感じたことを思い出した。

それは、以前、猿島に来たときに経験した「猿島公園専門ガイド」の方による、猿島ガイドのことだ。

私たちのツアーを担当してくださった方が、たまたまそうだった、というだけなのかもしれないのだが、とにかく、「饒舌」「過剰」な感じがしたのだ

 

東京湾に浮かぶ無人島」

東京湾要塞跡(猿島砲台)」

猿島」という島名の由来となった「日蓮伝説

そして、開発されていない無人島に残された豊かな自然。

 

猿島には、そのようないくつもの歴史のレイヤーがあり、それぞれの歴史に由来するあまりにも多くの物語があるせいか、どうしても猿島について語る言葉は「過剰」になる。

そのことがとても印象に残っていて、今回の冒頭の説明の「過剰」さも、私に、そのことを思い出させる結果となった。

やはり、猿島を語る言葉は、いつでも「過剰」なのだ、と思う。この島が、あまりにも魅力的であるだけに。

 

そんな「饒舌の島」・猿島において、いったいアートは何ができるのか。

そんなことを感じながら、島内をめぐりはじめた。

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浜辺に落ちる光と横須賀の夜景

島内をめぐっていて思ったこと。

それは、本展参加作家たちも、このような問いに向きあい、作品によってそれに応答しようとしたのではないか、ということ。

少なくとも、わたしが島内で観た作品のなかには、いつもだったらガイドやその他の案内によって、「饒舌」に語られ過ぎてしまう「モノ」の前に、いったん、「沈黙」を生み出すことで、それによって、「語りえぬ」ものとしての歴史を、あるいは、そこに流れる「声にならない」感覚を現出させようとした作品が、たしかに、あった。

 

そのような作品の象徴ともいえるのは、猿島について冒頭の解説を聞いたあと、はじめに案内される作品、毛利悠子《I Can't Hear You》だろう。

猿島内にあるトンネルの中でも(おそらく)最長の90メートルにもおよぶトンネルを舞台とした作品だ。

ふだんは昼間しか人が訪れない猿島。その夜のトンネルの内部は、当然のことながら、暗闇である。ところどころ灯りがあるほかは、ほとんど何もなく、やたらと、ひんやりとした空気を感じる。

入口にあるスピーカーから流れる「I can't hear you」という声に押し出されるように、その残響やスピーカーから時折流れる向き的な音とともに、暗闇のトンネルを歩いていると、自分の言葉や声が重い暗闇にゆっくりと押しつぶされるように消えていくような感覚すら覚える。

トンネルの入り口で聞いた、記憶としての「I can't hear you」というメッセージは、とても強烈だ。「I can't hear you」と呼びかけられ、それを聞くことができるものにとっては、絶望感を生む言葉だ。私はあなたに話かけられている。しかし、私の声はあなたには届かない。あなたに、私の声は聞こえない。

途方に暮れたくなるような、コミュニケーションの断絶。

 

毛利は『BRUTUS』2021年12月号に掲載された記事の中で、NHKの番組『ここに鐘は鳴る』のなかで、仏教哲学者の鈴木大拙が「I can't hear you very well」を繰り返し語るシーン(動画の27:00~27:10あたり)について語っている。


www.youtube.com

「当然英語は流暢にもかかわらず外的要因によって意思疎通できない様子」に、「映像を見た当時のコロナ禍の様子」や「禅問答のような普遍性」を感じ、心をつかまれたのだという。

『Casa Brutus』に掲載されていたこちらのレビューによると、今回の作品の《I can't hear you》も、この鈴木の言葉が意識されていたようだ。

通じるはずなのに、通じないこと。声をかけたい相手の耳に届くはずの言葉を、何度も何度も繰り返しても、それが届かないこと。

それがどのような感覚として、感じられるのかは鑑賞者にもよるのかもしれない。

しかしそれによって、私は、はじめて、猿島のなかにそれまでもあったはずの沈黙と出会うことができたように思う。

 

「饒舌」に語られすぎるものへの対峙という意味で印象的であったのは、中崎徹《red bricks in the landscape》だ。

中崎が作品を展示したのは、「かつて弾薬庫として使われていた」と誰もが説明するレンガ造りの建造物。猿島ガイドツアーだと、ガイドをお願いしないと建造物内に入れないということもあってか(?)、とにかくここに関してはたくさんのことが語られる。異なるレンガ積みの様式や、それぞれのスペースの用途など、ともかく語られるべきことの多いところなのだ。

《red bricks in the landscape》は、人や船、レンガなどをモチーフとしたネオンのオブジェを設置した作品だ。

それらのオブジェは、以前、ガイドの方から聞いたあれこれを彷彿とさせつつも、それらと絶妙な距離感を保っており、一見すると、それが何を象徴するものなのか、その場所とどのような関係があるのか、がわからないものも多い。

ただ、地縛霊のように、その場所とその「モノ」とか離れがたい必然的な関係で結びついているのだろう、と思わせる。そしてその必然性の感覚は、あらためて、そこにある歴史のレイヤーやその物語へと、私たちの思考を向かわせる。

いまだ言葉にならぬ「語りえぬ」関係性、そのなかで、その関係性をあらためて想像していく、という地点に立つことができるのだ。

 

唯一、写真撮影が許された砂浜の作品、Natura Machina《Sound Form No.2》は、熱エネルギーを音エネルギーに変換させる装置を使った作品で、ガラス管の中の電熱線の光や熱によって音が発される。海岸沿いに吹く風やそのときの状況によって、ガラス管の中で出る音も微妙に変化する。

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Natura Machina《Sound Form No.2》

 

これまで箇条に語られてきた猿島において、数多の言葉の下に置き去りにされたものをふたたびよみがえらせるのは、アートによる変換の力なのかもしれない。

偶然か、必然か、鑑賞者が最後に観ることになるこの作品は、語られてきた数多くの言葉と、その中に残された「語りえぬもの」の存在、そしてそこに介在し、その関係性を変換させてゆくアートの可能性についついて、あらためて考えさせられるものだった。

*1:実際「夜の猿島に入れる!」と思ってイベントに参加する地元民は相当数いるんじゃないか?と、当日、乗船の列に並んでいる人たちを見て思いました

*2:ただし「猿島発電所」というのがあって「船で電気を運び、燃料を使って発電しています」。

*3:なお、わたしは怖がりなので、ホラーもサスペンスも苦手である