映画『私たちの話し方』。
4月中旬で上映が終わってしまうかと思っていたら、まだ上映されている館があると知って、喜んでいる。
香港映画『#私たちの話し方』公開7週目になりました。本日5/9(土)時点の公開劇場をまとめました。🗾全国各地の映画館🎬10館で上映中。なんと先週より増えてます!どこも上映終了日が決まっています。観たいと思ったら、即行動でお願いしまーす👐
— 『私たちの話し方』バリアフリー日本語字幕で絶賛公開中 (@thewaywetalkjp) 2026年5月8日
今後の予定は👇下記にて。https://t.co/aLPNxhNBeq pic.twitter.com/CVSxpotyWQ
この映画は、とても精巧に音響が設計されている映画だ。
さらにいえば、バリアフリー字幕も含めて、さまざまな「聴こえ」の世界、正確にいえば、「聴こえること/聴こえないこと」と文字情報(視覚情報)とがさまざまなバランスで組み合わせられることによって構築される「世界」の経験が、実に巧みに作り出されている。
音響設計については、Youtubeでインタビュー動画が公開されている。
まずはじめに見てほしいのは、00:46あたりからの映画の冒頭部分のシーン。
この動画を見るだけでも、そこでどのような音響設計がなされているかはわかるけれど、このシーンだけでも映画館で体験する価値があると思う。
字幕では〔周囲の音が雑音に聞こえる〕と表示されるけれど、その「雑音」が、本当に、しんどい。
こんな「聴こえ」の世界に生きていなければならないのなら、いっそ、その世界で生きることをあきらめてしまいたい、と思う気持ちが、よくわかる。
それでも、人工内耳をつけなさい、人工内耳をつけながら聴者とともに「普通に」見えるようい生活しなさい、と言われ続けることが、いかに暴力的なことか。
そんな、文字にするとどこか白々しいようなことが、冒頭の数分間の映像だけで、経験として自分のなかに飛び込んでくる。
この映画は、幼少期から、耳の聞こえの障害を抱えながら、まったく異なる人生を歩んできた、三人の若者たちの物語だ。
三人のうち二人は人工内耳をつけていて、そのうち一人は途中でその人工内耳が故障していることがわかる。
さきほど紹介した冒頭のシーンに登場するのは、その、一人だ。
映画では、三者三様に異なる聞こえの状況を、音響と字幕を通じて、聴者である観客にも体感させようとする。
静寂のユートピアと、騒音とズレの連続からなる現実世界との対比を通じて、私たちが想像する「聴こえる」世界/「聴こえない」世界を反転させながら、そのなかで、さまざまな「聴こえ」を持つわたしたちが、それぞれに選んだ「聴こえる/聴こえない」世界のなかで、自分なりに、そして、自分らしく生きることを、承認してくれる映画だ。
映画のなかに登場する、手話の語、ひとつひとつの扱われ方も美しくて、言葉としての「手話」に、あらためて出会わせてくれる映画でもある。
映画館でないとできない経験があるだけに、上映されている今、映画館に足を運んでみてほしい。
