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kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

烏龍茶グラノーラを試してみました

「烏龍茶グラノーラなるものを購入してみました。

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上野から御徒町にかけてあるアメ横商店街の一角に、ドライフルーツと木の実(ナッツ)を扱った「小島屋」という店があります。

 

小島屋では、自社ホームページや楽天ショップから、ドライフルーツやナッツを通販で購入するシステムを取り入れているのですが…、たまたま見てしまった、小島屋のホームページが熱い!

 

ナッツ&ドライフルーツ専門店としての誇りと職人魂のようなものを感じさせるテキストの数々と、職人としての実践知から次々と湧き出てくるような商品開発アイデアに、大きな感動を覚えます。

 

烏龍茶グラノーラも、そんな職人魂と実践知から生み出された新商品のひとつ。

烏龍茶グラノーラの商品説明には、次のようなテキストが付されています。


烏龍茶タイプ | ドライフルーツ82種 通販 小島屋

今や、朝食の定番とも…美容やダイエット食とも…大人気のグラノーラ

ですが…市販のグラノーラを食べてみると、ナッツの香ばしさがなかったり…ドライフルーツが固かったり…

「これで…贅沢配合なのか…意外と少ないな…」

1食80gとして140円程で食べられますが、シリアルに対するドライフルーツやナッツは、そのうち13gほど… つまり、16%~18%なんです。。。

もう少しだけドライフルーツとナッツがひきたったグラノーラが食べたいなぁ。。。

などなど、ドライフルーツとナッツの専門店の性分でしょうか…とっても気になってしまったんですよね。

 

 

「これで…贅沢配合なのか…意外と少ないな…」

 

そんなことをグラノーラを食べながら思う人は、どのくらいいらっしゃるのでしょうか…?

とにもかくにも、私は感動したのです!

 

そして、「烏龍茶グラノーラ

 グラノーラのドライフルーツ&ナッツの量に疑問を持つだけだったはずなのに、なぜ、ミルクの壁を乗り越えようと思ったのか。

 

専門家の実践知からくるアイデアは、時に、一般人の常識を軽々と超えていきます。

それこそ、まさに経験に裏打ちされたクリエイティビティ!

これは、食べてみるしかない!

 

…というわけで、食べてみました。

 

お湯を沸かして、烏龍茶パックを入れたポットにお湯を注いで数分間。

しっかり烏龍茶の風味が出てきたところで、ブランフレークと烏龍茶グラノーラの両方を混ぜ合わせた器の中に、烏龍茶を注ぎます。


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※注※ 商品にイチゴは含まれておりません。

 

ブランフレークを入れたのがいけないのでしょうか?それともホット烏龍茶を入れたのがいけないのでしょうか?

どんどん、フレークが溶けていきます……このままだとお粥的なものになってしまう!

 

急いで、食べてみます。

 

……なんだこれ。

なんか、懐かしい味がする!

 

その時は、なんだかよくわからなかったのですが、思い出してきました。

以前、好きでよく飲んでいたロシアンティー(紅茶+ジャム)や、小さい頃飲んでいた砂糖入りの麦茶(なぜそんなものがあったのかはよくわかりませんが)に、よく似た味がするんです。

 

考えてみれば、味の構成要素が同じなので、そんなにビックリすることでもないのですが、「烏龍茶グラノーラ」とはじめて聞いたときはまったく味のイメージがつかなかったので、これに気づいたときには、「なるほど!」という感じでした。

 

なお、後日、「やっぱりグラノーラだし、ミルクのほうが合うのでは?」と思い、ミルクでも試してみたのですが、ドライフルーツがうまく溶けず、全体として調和した味にはなりませんでした。

 

なので、やっぱりこの商品は、烏龍茶のためのグラノーラ=「烏龍茶グラノーラ」なんだと思います。

 

ただし、やはり、フレークが溶けすぎてしまうという問題は残ります。

どんなフレークを使うと、パーフェクトな烏龍茶グラノーラが楽しめるのか。

これは今後の課題としたいと思います。

日本SFアニメは電気羊の夢を見るか?ー『ゴースト・イン・ザ・シェル』

『ゴースト・イン・ザ・シェル』、2D吹き替え版で見てきました。

 

字幕版は観ていないので、比較はできないのですが、少なくとも、予告編などで観た範囲の印象でいえば、この映画は吹き替え版で観るのが良いような気がします。

 

映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』公式サイト


『ゴースト・イン・ザ・シェル』 BUILDING-JUMP 本編映像 4分45秒

 

日本のアニメーション映画として制作された『攻殻機動隊』の実写版なんだから、アニメ版と同じ声で観たい!…というのがもともとの動機でしたが、それ以外のところでも、「これは字幕版で観たら、違和感があったのでは?」と思えるところがいくつかありました。

 

ビートたけし演ずる荒巻が、電脳通信以外でもふつうに、日本語で話すので、これはさすがに会話のやりとりとして見ると違和感があったんじゃないか、

とか、

草薙素子が「少佐」でなく「メジャー(major)」と呼ばれるのには耐えられなかったんじゃないか、

とか、

そんな細かなことばかりなんですが、それでもやっぱり気になる人には気になると思うんです。

 

映画そのものについては、『ブレードランナー』の世界観発展系とも見えるようなSF的な都市の描写や、同作品の中で展開されて板「人間とは何か?機械とは何か?」という哲学的な問いが、『攻殻機動隊』に舞台を変えて展開されていて、とてもエキサイティングでした。

 

 
Blade Runner 30th Anniversary Trailer - YouTube

 

原作映画にあたる『攻殻機動隊』に比べて、少佐に感情がありすぎるという批判や、ホワイト・ウォッシュ批判など、いろいろな批判もあるようですが(例えば、こちら)、独立したひとつのSF映画としてはよくまとまっているし、現代のVFXを駆使した映像は非常に甘美ですらありました。

 

映像に関していえば、全体的に『攻殻機動隊』よりも、ビジュアル・ドラッグな感じがあり、どちらかというと、筒井康隆原作のアニメーション映画『パプリカ』を思い出しました。


映画『パプリカ』 予告編 - YouTube

 

全体的に、『攻殻機動隊』の米国実写版として観るより、『ブレードランナー』日本版(日本のSFアニメーションの舞台を借りた『ブレードランナー』?)みたいな印象を持つのは、私だけでなんでしょうか…?

 

そのような作品なので、『攻殻機動隊』として観ようとすると、「攻殻機動隊の世界観の肝がわかっていない!」と批判したくなることは必至です。

 

でも、おそらくこれは、『鉄腕アトム』からずっと、機械と人間との共存のありかたを考えてきた日本のSFアニメと、機械と人間との戦いや覇権争いの中で「人間とは何か」という問いを突き詰めようとしてきた、あるひとつのSF映画的な伝統との相違に由来するのかもしれません。

 

教員を目指す学生の皆さんに役立つかもしれない学習指導要領関係情報

新年度が始まってはや2週間。

ついに先週から、勤務校での授業「初等国語科教育法」もはじまりました。

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すでにニュース等でご存じのお方もいらっしゃるように、今年3月末には、次期学習指導要領が公示されました

 

「ICT Connect 21」のサイトでは、いちはやく、次期学習指導要領に関連するリンクをまとめたページが作成され、多くの方がこちらのページを参照していたようでした。

ict-enews.net

ictconnect21.jp

 

「初等国語科教育法」の受講者の多くは、大学2年生。

文部科学省によって示されている「次期学習指導要領改定に関する今後のスケジュール」によれば、小学校学習指導要領は平成32(2020)年4月より実施、中学校学習指導要領は平成33(2021)年4月より実施です。

 

つまり、小学校教員を目指す学生たちは大学を出て働きはじめた途端に、中学校教員を目指す学生たちは働きはじめて1年目に、学校で扱うカリキュラムの基準が新学習指導要領に切り替わることになります。

 

第1回目のオリエンテーションで、学生たちにそんな話をしてみると(もちろん次期学習指導要領が公示されたことすら知らない学生が大半ですが)、やはり次期学習指導要領について意識している学生たちは、「これからどうなっていくんだろう?」「自分たちはこれからどんな準備をしたらいいんだろう?」と不安を持っているようです。

 

現時点では、わたしにも「これをやっておいたらいい!」という明確な答えを提示できる用意はありませんが、せめて、わたしが今、授業で向き合っている学生たちと同じ不安を抱えている学生たちに、自分が参照している情報そのものを示すことはできます。

 

不安を抱えている学生たちのにとっては、そもそも、次期学習指導要領を見る方法も、現行の学習指導要領とどこが異なるのかを知る方法も明らかでないようでした。

 

ですので、現時点で公開されている参照可能な情報を、以下に示しておきたいと思います。

 

(新)学習指導要領(本文)

★ 小学校学習指導要領(平成29年3月公示、本文のみ)文部科学省(PDF)

★ 中学校学習指導要領(平成29年3月公示、本文のみ)文部科学省(PDF)

 

(現)学習指導要領(本文)

★ 小学校学習指導要領(平成20年3月公示、ポイント、本文、解説等):文部科学省

★ 中学校学習指導要領(平成20年3月公示、ポイント、本文、解説等):文部科学省

 

新学習指導要領と旧学習指導要領の違い(新旧比較表)

★ 3月31日告示 新学習指導要領反映 新旧対照表一覧 | 学校図書株式会社

www.gakuto.co.jp

 

ポイントの解説(文部科学省の解説動画)

学習指導要領改訂に関しては、その方向性について平成28(2015)年10月~11月に、動画による解説が公開されています。

中央審議会での審議のまとめを踏まえて、方向性だけを示した動画なので、現在公示されている学習指導要領の内容に比べると具体的でない部分が多いですが、ざっくりと方向性をつかむときには参考になります。

 


学習指導要領改訂の方向性について:文部科学省

 


「審議のまとめ」解説① 「審議のまとめ」に至るこれまでの経緯と「社会 に開かれた教育課程」の実現

 


「審議のまとめ」解説② 何ができるようになるか-育成を目指す資質・能力-

高校生ウィーク アーカイ部「ひと・こと採集2017」

2017年4月9日。

早いもので本年度も水戸芸術館の「高校生ウィーク」が最終日を迎えるということで、今年も「高校生ウィーク」に参加された皆さまの生の声を、その場で「採集」すべく、カフェ会場(水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室)まで行ってきました。


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「高校生ウィーク アーカイ部」とは?

「高校生ウィーク」は、水戸芸術館現代美術センターの高校生無料招待月間から始まった、一連の教育プログラム。

高校生と同年代の人たちをメインターゲットにしたイベントやワークショップを開催していた期間を経て、2000年代後半からは、この1カ月の期間中、高校生や大学生を中心としたボランティア・スタッフによるギャラリー内カフェ(!)が開催されています。

 

私はちょうどカフェ・プログラムが始まって数年経った頃に、「高校生ウィーク」の存在を知り、初めは大学院生としてフィールドワーク調査のために、現在は、フィールドワーク調査で得たことなどを現場とつなげていく可能性を探るために、「高校生ウィーク」と関わり続けています。

 

「高校生ウィーク アーカイ部」は、私にとっては、フィールドワーク研究者としての私と、現場(フィールド)そのものをつなぐ試み。

「高校生ウィーク」30周年、カフェ・プログラム始動20周年を記念して始まった、記録と記憶のためのプロジェクト。

 

インタビューやアンケートなど、いろいろな「みんなの手と声で記録と記憶をつくる」活動を提案しながら、それを実現してきたわかですが、「高校生ウィーク」最終日に、現場での生の声を残そう!というこの試みも、「アーカイ部」メンバーの中から提案され、続けられてきたものです。

 

「開く」と「閉じる」のバランス

今年、はじめて「ひと・こと彩集」のインタビュアーを体験してみたのですが、はじめて体験してみて、わかることがたくさんありました。

 

今年度のカフェは、現代美術ギャラリーで行われている企画展「藤森照信ー自然を生かした建築と路上観察」との結びつきが強く、いつもはカフェ会場として区切られているところに、展覧会企画の一部である「たねや」の出張販売所があります。

また、その販売所が、水戸芸術館のテラスからも入れるようになっているため、外から一般客も来場できます。

 

「ひと・こと彩集」のインタビューの中では、このような状況で開催された「高校生ウィーク」について「いつもとちょっと違う」といったかたちで違和感が表明されることもありました。

 

社会人ボランティアの人たちや、たまたま来場していた「高校生ウィーク」OB・OGの人たちからは、「変わらないなぁ」「戻ってきた感じ」というような言葉のほうが多く聞かれたので、おそらく、「高校生ウィーク」に高校生や大学生として関わっている人たちのほうが、その“違い”を敏感に感じとっていたのかもしれません。

 

私は以前、「アーカイ部」のインタビューで、「高校生ウィーク」のこの場所のことを、「開かれつつ、閉じられつつある場所」

と表現しましたが、その意味でいえば、今年の「高校生ウィーク」は、“開く”方向にバランスが傾いていたのかもしれません。

 

閉じつつ開く。開きつつ閉じる。新しいコミュニティのかたち | 水戸芸術館 高校生ウィーク

 

 

しかし、“開く”方向にあったからこそできた、新たな試みのようなものもありました。

その象徴ともいえる存在が、この漆喰の作品。


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これは、「高校生ウィーク」カフェ会場が開かれたあと、会期の最後の方で制作されたようですが、カフェ会場の設えをみんなで作っていく…みんなの手で会場ができていくという試みは、初めての試みであったようです。

 

このような試みも、企画展との関係で行われていたことを思うと、あらためて“開く”ことでできる可能性を感じます。

 

“開く”ことと“閉じる”ことのバランスの取り方について、あらためて考えさせられます。

 

「高校生ウィーク」から離れたカフェのゆくえ


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“開かれた”カフェは、「高校生ウィーク」終了後も、展覧会会期終了まで継続して開かれるそうです。

 

「高校生ウィーク」が終わっても続く、同じ場所で開かれるカフェ。

それは、「高校生ウィーク」でカフェ・プログラムをはじめた初めの世代の人たちにとっては、まさに、当時、望んでも得られなかった当のものであるように思います。

その世代のOB・OGたちが、「高校生ウィーク」期間終了後のカフェをどのように思っているのか、そして、実際に「高校生ウィーク」から離れたカフェがどのようなものになるのか。

 

そのことに、今、とても興味があります。

少なくとも、今年、「高校生ウィーク」はいろいろな意味で、転換点を迎えていたように思います。

 

来年はついに、「アーカイ部」も5周年。

この機会に、この転換点がどのようなものだったのか、をみんなで考えられる企画ができるといいですね。

『〈教師〉になる劇場』:教師教育×演劇のこれまでとこれから

 ようやく、川島裕子(編)『〈教師〉になる劇場—演劇的手法による学びとコミュニケーションのデザイン』(フィルムアート社)を読み終えました。

 

学術書の中には、「これだけの人たちが集まってひとつの書籍の中に論考を収めていること自体がすごい!」と思わせるような本があるけれど、これは間違いなく、その中のひとつ。

 

こちらの出版社のページで目次を見ることができるけれども、「教師教育×演劇」(あるいは「学校教育×演劇」)というテーマで、これだけ多くの研究者(演劇学、音楽学から演劇教育、教科教育など多岐にわたる研究者が集まっているというだけでなく、それぞれの研究者の方の専門分野も幅広い)が集まり、それぞれに論考を書き、それがひとつの書籍の中におさめられているということが、まず、すごい!と思いました。

 

filmart.co.jp

 

多岐にわたる研究分野の研究者が集まり、ひとつのテーマに関わって寄せた論考をすべて読み通して、あらためて、この分野の研究がまだ始まったばかりで、未整理な部分が多いことがわかりました。

 

特に考えさせられたのは、中島裕明「演劇とコミュニケーション」。

 

この論考では、まず、パーソナル・コミュニケーションからマス・コミュニケーション、そして近年のデジタル・コミュニケーションまで、「コミュニケーション」には様々な領域・レベルがあること、また、「演劇」も同様に、舞台上での役者同士の演技におけるコミュニケーションから、社会文化的なレベルでのコミュニケーションまでさまざまなレベル・領域でのコミュニケーションがあることが確認され、その上で、現在、学校教育において涵養されるべきとされる「コミュニケーション(能力)」やそれに対して用いられる演劇的手法が、かなり限定されたものであることが述べられ、広大な広がりを持つ「コミュニケーション」「演劇」の全体像のなかで、演劇的アプローチによるコミュニケーション教育が捉えられるべきであるという主張がなされています。

 

この論考では、さらに、現在までに行われてきた「教育の場における演劇」にどのようなものがあったのかが示され、そのうえで、下記のような、演劇研究への問題提起がなされています。

 

学校教育の中で演劇的活動を採用しようとする場合、演劇実践の具体的内容がどのような特性を持っているのか、どのような活動を構想した場合、そこに関わる者たちがどのような時間を過ごすのか、ということを説明する責任は、演劇研究の側にある。(中島, 2017, p106)

 

ここで、演劇研究の責任として述べられていることは、演劇と教育に関わる実践に関わってきた研究者の責任に敷衍しても良いのではないか、と考えます。

 

私は、演劇と教育に関わる理論や実践を俯瞰して述べられるほど、その分野に精通しているわけではありません。

でも、少なくとも、これまで私の研究の中で必要とされる範囲でいえば、以下の2つについて十分な情報を得ることのできる実践報告や調査研究は、またまだ不足しているように思います。

 

①その実践の具体的内容がどのような特徴を持つのかを、その場に居ない者が議論できる程度に十分な質をもった記述

 

②その実践に関わる者たちがどのような経験をしたのかを知り得るような質的・量的な調査

 

しかし、本書に収録されている論考の中には、この①の方向性での記述を開拓しようとする試みも見られ、このような試みの記述のありかたを考えるための、大きな示唆を得ました。

 

演劇と教育に関わる実践の記述のあり方の検討も含め、本書が導き出した課題、今後さらに議論すべきポイントは多々あるように思います。

その課題や論点を引き続き、議論をはじめ、継続し、蓄積していくことは、本書の読者である私たちの役割でもあるのでしょう。

 

本書を読み終えて、あらためて、この本を関心あるメンバーで集まって読み、議論することの意義を感じました。

 

インプロで遊ぶ、リフレクションと遊ぶ―インプロ×リフレクションの可能性

あるといいながある!横浜share's主催のインプロ×リフレクションのワークショップに参加してきました。

yokohamashares.hatenablog.com


上條晴夫先生によるレクチャーの後、インプロパーク・「すぅさん」こと鈴木聡之さんによるインプロワークショップ。

そしてそのあとに50分~1時間近くをかけて「金魚鉢」方式でのリフレクション。

私にとっては、午前午後と、インプロ→リフレクションを2回繰り返すことで、インプロ×リフレクションの組み合わせによって実現しうる学習のありかたを探っていく時間となりました。

 

 

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今回のワークショップを通じて、あらためて、「リフレクション」ついてあらためて考える機会になりました。

 

正確にいうと、自分自身がこれまでにぼんやりと抱いていた「リフレクション(省察)」やそれをベースにしたアプローチへの違和感が、自分の中ではっきりしてきたように思います。

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教育情報化のための政治的・法律的環境

先日、8月末に文部科学省初等中等教育局長から、各教育委員会に向けて「教育情報化の推進に対応した教育環境の整備充実について(通知)」と題した通知が発信されました。

ictconnect21.jp

 

本通知では、8月26日に中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会から、次期学習指導要領に向けた審議のまとめ(案)が出されたこと、本案のなかで、「ICT環境も含めた必要なインフラ環境の整備を図ることが重要である」とされていることに触れながら、その一方で、地方公共団体間の整備状況の差がますます拡大しており、このままでは教育格差が生じかねないという懸念が示されています。

 

事実、同じく8月に公開された「学校における教育の情報化の実態に関する調査:平成27年度結果概要」では、①学校におけるICTの整備状況と、②教員のICT活用指導力について、各自治体ごとの取り組みの実態が数値化して示されているのですが、概して、人口規模の小さな自治体では比較的取り組みが進んでいるのに対し、人口規模の大きな自治体では、あまり取り組みが進んでいない状況が見てとれるように思います。

ictconnect21.jp

もちろん、「1人1台タブレット」「1人1台教育用コンピューター」の理想を考えれれば、小規模な自治体ほど、その実現に手が届きやすいということもあるのかもしれません。

ハード面の整備についていえば、大規模な自治体、大規模な学校ほど、児童・生徒全員をカバーしうるような教育環境の整備が難しいという現状はあるでしょう。

 

しかし、問題になっているのは、果たしてハード面だけなのでしょうか?

今回公開された速報値からは、ハード面のみならず、ソフト面の問題も見えてきているように思います。

特に、②教員のICT活用指導力に関する項目が、①と連動するような状況であることは、教育情報化の取り組みにおける格差が、単に、予算等の関係からハード面の整備が「行き届かない」という問題のみではないことを物語っているように思います。

 

その根底には、教育の情報化に関する想像力の欠如、

あるいは、想像しようとすることそのこと自体への忌避感があるように思います。

 

このことについて、今年の8月、ある高校の校内研修会で、「授業におけるICTの利活用」についてお話しした際に考えることがありました。

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