kimilab journal

Literacy, Culture and contemporary learning

ゲルハルト・リヒター展で教えてもらった、子どもたちの「発見」

10月2日まで、国立近代美術館で開催中のゲルハルト・リヒター展に行ってきました。


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ゲルハルト・リヒター展、皆、観に行くと何かを語らずにはおれないという感じになるのか、オンライン上に、すでにたくさんの記事が溢れていて、いまさら付け加えることは何もないのですが、それでもやはり、何かを言わずにいられない。

それほど強く、感情を動かされる展覧会です。

私自身は、高校生ウィーク「書く。部」、そして小中学生のための対話型鑑賞プログラム「あーとバス」、また個人的に、視覚に障害がある人との鑑賞ツアー「Session!」に一般参加者としてあるいはボランティアとして参加したこともあったりして、「誰かといっしょに、鑑賞する」ということについては、たぶん人一倍考えてきたんだと思うのです。

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が、そんな私にとって、ゲルハルト・リヒター展は、子どもと一緒に鑑賞したい展覧会トップ5に入る展覧会でした。

残念ながら、私自身は、子どもたちを連れて、会場に行けたわけではないので、会場内を自由に動き回りながら、自由にお話ししている子どもたちの姿を見たり、彼らの声に耳を傾けたりすることで、ここで展示されている作品や展示の仕方について、とてもたくさんのことを教えてもらいました。

子どもを連れて会場に来てくださっていた皆さん!本当にありがとうございます!

お子さんのいる家庭の中には「子どもがいるから美術館や博物館はちょっと…」と躊躇してしまっている方もいらっしゃると思うのですが、リヒター展は、お子さんと一緒に来てくださると、他の鑑賞者の鑑賞のサポートになりますのでぜひ来てください!ソースはわたし!と声を大にして言いたい気分です。

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向坂くじら『とても小さな理解のための』を読みました

向坂くじらさんの第1詩集『とても小さな理解のための』が、今年8月に世に出たとのお知らせをいただいたので、入手しました。

shironekosha.thebase.in

向坂さんは、詩人でありながら、今年、国語専門塾「ことぱ塾」も開塾された方。

topics.smt.docomo.ne.jp

子どもたちに、(塾講師として)学校的学習としての「国語」を教えながら、詩人として自らも活動されているという、(いわゆる学校「国語」に半ばトラウマを持ちつつ、研究を進めている)わたしみたいな人間にとっては、とてもとても不思議な魅力をもつ方です。

わたしが向坂くじらさんと、偶然に出会ったのも、全国大学国語教育学会の公開講座として開催された詩創作のワークショップでしたし*1、その後、自身も詩作を行っている研究室の修了生の研究発表も聞きにきてくださって、「詩創作の教育」に対してもとても真摯に取り組まれている方なのだな、ということをしみじみと思っておりました。

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そんな向坂さんとお話ししていると、言葉に真摯に向き合ったり、(既存の言葉からの逸脱ともいえるような)新たな言葉の意味が立ち上がる瞬間を大切にしたりすることと、油断するとすぐに過剰に意味を限定していってしまうような学校国語とを、どう対話させていくことができるのだろう、どうバランスを取ることができるのだろう……と、つい、考えてしまいます。

――それは、わたし自身が、常日頃考えていることでもあるのですが、それがより強く意識されると言ってもいいかもしれません。

 

さて、前置きがが長くなりました。

そのようなわけで、向坂さんが詩集『とても小さな理解のための』を世に出されたと聞き、そしてそのタイトルのなかにある「小さな理解」という言葉に魅かれ、いったいどんな詩がそこに集まっているのだろう、ととても興味を持ちました。

そして、この詩集を読んでみて、あらためて、この「小さな理解」という言葉のとおりこの詩集に収録されている詩には、わたしが、日々、理解することをあきらめてしまっているような、あるいは、理解しないように目をそらしてしまっているような、そういう「何か」がたくさんあふれている…と、そう思いました。

*1:なお、公開講座のオンラインブックレット(PDF)はすでに、全国大学国語教育学会のページで公開されています。詩創作のワークショップの内容の詳細についてはそちらをご覧ください。

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言葉と読書と教育と:おすすめブログ紹介

今週のお題「おすすめブログ紹介」。

…ということなので、この機会に、自分がチェックしている、はてなブログのなかで、国語教育や読書教育に関心のある人たちにもぜひチェックしてもらいたいものをご紹介しておこうと思います。

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施設で育つ子どもたちのライフストーリー

 先日、フレンドホーム(週末里親・季節里親)に登録したことをご報告しました。

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新型コロナウイルス感染拡大の影響で、初回活動日が延期になったりしていたのですが、8月下旬、ついに、初回の活動を行うことができました。初回は、ショッピングモールでうろうろウィンドウショッピング的なことをしてきました。

まだ、顔合わせのミーティングと初回の活動しかしていないのですが、そのなかで出会ったり、知ったりする出来事ひとつひとつが新鮮で、とても興味を惹かれます。

「もっと知りたい」と思い、つい、いろいろ調べてしまっているなかで、わたしがお世話になっている施設のポリシーのひとつに、❝子どもたちひとりひとりの「ライフヒストリー」を大切にする❞という趣旨の内容が記載されていました。

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「教育広報講座:哲学編~教育・学習と広報の関係を哲学する」に参加してきました

特定非営利活動法人教育のためのコミュニケーションによる「教育広報講座~哲学編:教育・学習と広報の関係を哲学する」に参加してきました。
当日の様子については、「入門編」「実践編」「哲学編」あわせて、下記のページにレポートが記載されていますので、そちらをご参照ください。

comforedu.org

 

NPO法人教育のためのコミュニケーションには、以前、「教育言説としてのファクトチェック:プレ入門編」にゲストとして(?)お呼びいただいたことがあります。

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もともと、エスノグラフィックな手法を用いる研究者として、教育・学習のフィールドで起きていることをいかに記録するのか、いかに伝えるのか、ということに関心があったこともあり、NPO法人教育のためのコミュニケーションは、とても気になる存在なのです。

今回の「教育広報講座」では、代表理事山崎一希さんご自身が、現在、茨城大学の広報担当として行っている仕事と、そこで考えてきたことの紹介を中心に、集まった人たちと「教育・学習と広報の関係を哲学する」ということだったので、「これは、行かねばなるまい!」と思い、参加してきました。

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トガルための100作品:フィクショナルな言語世界と感情のリアリティ~滅びゆく言語のロールプレイング・ゲーム『ダイアレクト(Dialect)』

先月、2022年7月16日に開催された、言語文化教育研究学会(ALCE)第87回例会「トガルためのビブリオバトル」の主催者の方からお声がけいただき、バトラーとして参加することになりました。



昨年8月から、言語文化教育研究学会(ALCE)のオンラインマガジン『トガル』の読者の皆さんの心に残った「トガル」作品を、広く集めて、トガルための100作品として紹介する、というアンケート企画が実施されているようなのですが、その関連企画として、実際におすすめの作品をビブリオバトル形式で聞きあおう!という企画であったようです。

「トガルための100作品」

トガルための100作品 | Togaru

イベント開催時には、いわゆる「チャンプ作品」だけが『トガル』への記事の執筆&掲載権を得る(?)と聞いていたと思うのですが、その後(経緯はよくわからないのですが)、バトラーとして参加した全員に、記事執筆&掲載権を与えてくださる方針になったそうで、ほとんどどなたからも「票」が得られなかったわたしも、記事を書くことに。

 

今回わたしが、「『トガル』ためのビブリオバトル」でご紹介したのは、以前このブログの記事でもレポートしたことのある、言語学TRPG「ダイアレクト(Dialect)です。

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この記事のもととなるプレイのときには、わたしはプレイヤーではなく、オブザーバーとして参加していたので、当日の楽し気な様子だけをレポートしました。

一方で、私自身がはじめにプレイしたときに感じた、ひりひりとしたなんともいえない寂寥感や、「自分が何かやらなければ」と切羽詰まった感じについては、まったくレポートできなかったので、これを機に、それについて伝えてみよう、と思いました。

そしたら、やっぱりまったく伝わらなかったんですけどね!……でも、こういう機会をいただき、自分のなかで起きた心のざわめきを、言葉にする機会をいただけたことは、本当によかった、と思いました。

 

当日まったく伝わらなかった内容なので、文字にしたところで、果たして誰かの心に届くのかどうかはわからないのですが、事務局の方から、ブログに転載してもよいという許可をいただきましたので、以下、『トガル』内「トガルための100作品」に掲載された記事を、転載いたします。

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学習マンガの読み比べ@マンガピット~伝記マンガ編

2022年3月末にオープンした、マンガ×学びの拠点「マンガピット」
以前、こちらのブログ記事でも、このときの訪問レポートをアップしておりますが、このたび、教職大学院の授業の一環として、「マンガピット」での出張講義を行ってきました。
kimilab.hateblo.jp

教職大学院の授業は、基本的に、1回あたり2コマ(90分×2コマ=180分(3時間))。そのため、15:00集合・18:00解散の予定でスケジュールを組みました。
具体的なスケジュールはこんな感じです。

マンガピットでの授業スケジュール

はじめに、集まった人たちで「わたしとマンガ」というテーマで自己紹介をしあったあと、その話の流れで、「学び×マンガといえば?」というテーマで自由にいろいろ話しあいをしました。
このフリーディスカッションでは、かなりいろいろな話題が出ました。

「学び×マンガといえば?」

国語科の授業において読解対象の理解を促すための副教材として用いられるマンガ(例:「源氏物語」を理解するための副教材としての大和和紀あさきゆめみし』)や、マンガによって誰かから離される「話」をよく理解できるようになったといったエピソードのみならず、「LLマンガ」の話、『マンガノミカタ』で紹介されているようなマンガ表現の読み方についての話まで出てきました。
mediag.bunka.go.jp

その後、「これも学習マンガだ!」のプロジェクトや、「マンガピット」の蔵書内容についてご案内いただいたのち、本日のメインの学習活動として考えていた「学習マンガの読み比べ」を行いました。

上に示したスケジュールでは「演習1」「演習2」と2つ用意していたのですが、今回は、「演習1:ノンフィクション・知識に関する本としての『マンガ』」のみを行うことにしました。
そのなかでも、今回取り組んでみたのは、「伝記マンガ」の比較です。

「マンガピット」の蔵書には、いくつかの特徴があり、それを言い尽くすことは難しいのですが、「伝記マンガ」に関しては次のような2つの大きな特徴があるといえます。

(1) 複数社が発行する学習まんがシリーズを揃えていること。
(2) 「ストーリーマンガ」として発行されている「伝記マンガ」も所蔵されていること。

そのためスティーブ・ジョブズ」に関しては、なんと4作品の比較が可能(!)です。

今回は、時間が限られていることもあり、そんなにたくさんの比較をすることはあきらめて、2社くらいで比較ができそうな歴史上の登場人物をとりあげて、比べ読みをしてみることにしました。

その結果、今回見てみることになったのは、ジャンヌ・ダルク(2作品)」「宮沢賢治(2作品)」「ヘレン・ケラー(4作品)」、「紫式部(2作品)」の4人。

わたしは、「紫式部」をとりあげ、『清少納言紫式部小学館版 学習まんが人物館)]』(小学館)と『紫式部: はなやかな王朝絵巻『源氏物語』の作者 (学研まんがNEW日本の伝記)]』(学研)を比較してみることにしました。
…が、比較してみると、かなりキャラクター性が違っていて「これ、同じ人物か?」と言いたくなります。

比較して読みながら、「この違いは、監修している研究者の違いによるものかなぁ…?」とぼんやり考えていたのですが、最後に共有した結果わかったのは、同じ監修者によって監修されていた「ジャンヌ・ダルク」であっても、2作品のキャラクターは(真反対ともいえるほど)違っていたということ。
たしかにジャンヌ・ダルクであれば、どんなキャラクターの描かれ方であっても、「それこそが、正解!」とはならないとは思うのですが、通常、学校図書館や公立図書館に設置されている学習マンガは1社分で、そのシリーズのその作品だけでその人物に出会うことを考えると、どの「伝記マンガ」と出会うかで、その人物に対する印象がかなり違ってしまいそうだな…という印象を受けました。

そう考えてみると、「どの学習マンガを図書館に採用するか」を考えるべき立場にいる人たちが、一度、このようなかたちで、複数のシリーズの学習マンガを比較読みしながら、各作品やシリーズの特徴について、あれこれ言い合ったり、自分なりの見方をもっておくことは大切なことであるように思います。

今回は、「学習マンガの読み比べ」企画の第1弾として、自分が興味ある「伝記マンガ」をとりあげてその比較を行ってみました。
…が、「伝記マンガ」ひとつとってもまだまだ切り口はありそうですし、「学習マンガ」に広げてみてもやれることはたくさんありそうなので、教職大学院の授業のみならず、いくつかの機会をつかまえて、「学習マンガ比較」をいろいろな人たちと、継続的にやってみたいと思います。

評論文や説明文にかかわるマンガ比較もやってみたい企画のひとつなので、ぜひ関心のあるかたは、お声がけください。